マイコプラズマは細胞壁を持たず、壁合成阻害剤であるペニシリン系やセフェム系の抗菌薬は機能しない。したがってマイコプラズマ感染症の治療としては、蛋白あるいはDNA合成阻害を目的とした薬剤が用いられる。このうちマクロライド系薬剤は代表的な蛋白合成阻害剤であり、大きな副作用も無いことから、小児科領域、内科領域を通じて第一選択として広く用いられている。ただし14員環マクロライドは多くの薬物と相互作用があるので、併用薬剤がある場合には投与量を変更するなどの注意が必要である。テトラサイクリン系薬剤は小児科領域では歯牙の色素沈着など副作用の心配があることから、優先的には使われない傾向がある。最近内科領域ではニューキノロン系の合成抗菌薬も用いられている。
M. pneumoniae の薬剤耐性菌に関しては基本的に野生には存在しないと考えられていたが、2000年に札幌で薬剤耐性の遺伝子変異を有するマクロライド耐性菌が分離されて以来、日本各地から耐性菌が分離、あるいはPCRにて検出されるようになった1)。年ごとに分離数にはばらつきがあるが、現時点で野生株のほぼ15%が耐性菌であると考えられる。耐性機構は23S rRNAドメインVの点突然変異に限られ、表12)にその変異部位と塩基置換を示した。2063番目のアデニンがグアニンに置換した場合、A2063Gと称する。塩基番号の2063、2064、2617は、大腸菌における2058、2059、2611番目に相当する。C2617Gを除く3種類の変異では、14、15員環マクロライドに対して一律に強い耐性が認められている。16員環マクロライドは一部の耐性菌に有効のように見えるが、もともと抗菌作用の強い薬剤ではないので、耐性菌対策としては勧められない。現在のところ、ミノサイクリンに対する耐性菌は発見されていない。またマイコプラズマに抗菌活性を有するニューキノロン系薬剤もマクロライド耐性菌に有効である(表22))。
耐性菌はすべてリボソーム遺伝子に変異を持っているため、基本的にそれ自体の増殖力は感受性菌に比べ劣っている。また、マイコプラズマ肺炎は以前、感受性菌のみが存在する時代にも4年ごとの大流行が観察された感染症である。したがって野生で占める割合が15%程度である耐性菌の存在が現在の流行拡大と直接関連するものか否かは、慎重に判断されなければならない。また、肺炎の報告数は増加しているものの、とりわけ重症例が増加しているという傾向も今のところ認められていない。マイコプラズマ肺炎の発症には菌自体の直接的な細胞傷害性よりも宿主の免疫応答が強く関与していると考えられている。したがって耐性菌の出現が即重症例の増加につながる可能性は低いものと考えられる。マクロライド耐性菌は確かに存在するが、現在までの状況では、マクロライドを主体とした治療方針に大きな変更を加える必要は無いものと考えられる。ミノサイクリンやニューキノロン系薬剤の使用頻度が増えることにより、M. pneumoniae に多剤耐性を誘導することの無いよう、慎重な対応が望まれる。
文 献
1)成田光生, 肺炎マイコプラズマ菌のマクロライド耐性化が臨床に及ぼす影響と問題点,「百日咳菌,ジフテリア菌,マイコプラズマ等の臨床分離菌の収集と分子疫学的解析に関する研究」厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)平成17年度総括・分担研究報告書: 59-65, 2006
2)成田光生,マクロライド耐性マイコプラズマ野生株の性状解析と,その臨床医学に関わる問題点、同上、平成15年度総括・分担研究報告書: 41-48, 2004
札幌鉄道病院小児科 成田光生