Clostridium tetani が痂皮から分離された急性心不全合併破傷風の一例

(Vol.28 p 47-49:2007年2月号)

感冒症状から開口障害で発症した破傷風患者で、経過中に急性心不全を呈した症例を経験した。また外観上、唯一存在した軽微な擦過傷の痂皮よりClostridium tenani を検出し、細菌学的に破傷風と確定診断できたので報告する。

症 例
 患者:79歳、女性。
 主訴:開口障害。
 既往歴:入院1年前に不安定狭心症にて受診歴あるも明らかな異常を認めず、経過観察中。高血圧症。
 現病歴:元来健康で、日常は畑仕事、公園の清掃を行っていた。そのため、日常的に小さな擦過傷などを負うことがあった。

感冒症状を主訴に症状出現後、5日後に近医を受診。感冒薬の投薬にて症状改善せず、徐々に咽頭痛、疼痛にともなう開口障害を訴えるようになった。症状出現8日後に、再度近医受診し、セフカペンピボキシル、トラネキサム酸を処方され帰宅した。しかし翌日、症状増悪傾向にあるとの訴えから再度近医受診。嚥下困難、開口障害の増悪を認めたため、破傷風発症を疑われ当院救命センターに搬送された。

 搬入時現症:意識清明、体温36.7℃、血圧168/73mmHg、脈拍90/min、SpO2 97%(room air)、呼吸20/min。開口はおよそ 1.5横指にて口周囲の痛みを訴え制限。嚥下困難のため流涎を認めた。明らかな四肢顔面麻痺、痙攣、頚部硬直等を認めなかった。右手第5指背側に痂皮の付着を認めるほか、あきらかな外傷を認めなかった。

 搬入時検査所見:末梢血検査では明らかな異常を認めなかったが、核の左方移動、生化学検査でCPK、CRP値の軽度上昇を認めた(表1)。

 入院後経過:初療室にて破傷風免疫グロブリン1,500単位を筋注し、スルバクタム/アンピシリンを5日間投与した。臨床経過から破傷風の可能性も考えて、準集中治療室に入院とした。入院後、開口、嚥下障害をきたす他疾患鑑別のために諸検査をおこなうも、明らかな異常を認めなかった。

入院3日目、急激に上気道狭窄とともに呼吸状態の悪化および開口障害の増悪、頚部硬直を認め集中治療室に入室、気管挿管し、ミダゾラム持続静注による鎮静、呼吸、循環管理を行った。その後、徐々に心電図上T波が陰転化(I、 aVL 、V2−V6)。心筋トロポニンT値は0.15ng/mlと軽度上昇もCK-MB値などに変化は見られず、心エコー上心尖部を中心に壁運動低下をみとめ、ejection fraction (EF) 20%程度であった。その後2日にわたり陰転T波が深くなったが、3日目より徐々に浅くなり、それとともに心機能もEF 60%程度に改善した。後の心臓カテーテル検査で異常を認めず、autonomic disturbanceに伴う過剰交感神経刺激から、たこつぼ心筋症の発症が考えられた。

その後、気管切開を要したが順調に経過し、入院35日目に退院した。破傷風発症により免疫は得られないことから、病原体検査結果判明後、破傷風トキソイドを接種した。

病原体検査
破傷風原因検査を実施した。入院時の血液検体からは破傷風毒素は検出されず、破傷風抗毒素抗体は測定感度以下であった。一方、入院時唯一認めた外傷である、右手の軽微な治癒過程にある擦過傷の痂皮(写真)を採取し、検体として検査を実施した。検体を破砕し、食塩水に溶解した痂皮生理食塩水破砕液からはPCR法にて破傷風毒素遺伝子の検出はできなかった。しかし、同検体をクックドミート培地で培養したところ、芽胞形成を伴う桿菌を認め、培養濾液を用いてマウスバイオアッセイを行い、破傷風毒素の存在を確認した。また、血液寒天平板培地上では縮毛状の遊走を認めた。以上より、分離された菌はC. tetani であることを確認した。

考 察
現在、破傷風の致死率は20〜50%と報告されている。患者の多くは破傷風トキソイドの追加接種を受けていない高齢者で、その死因の多くは、全身性痙攣による呼吸不全から、集中治療の発達によりautonomic disturbanceによる急性循環不全や、急激な心停止(死因の40%)となっている1,2)。

今回、我々が経験した症例は、畑仕事中に受傷した軽微な外傷から発症した。症状増悪に伴い一過性に心電図で、T波の陰転化と心尖部を中心としたEF 20%台の収縮力の低下に、加えて心筋トロポニンTやCK-MBは軽度上昇を認めた。後に心臓カテーテル検査を行い、優位な冠動脈所見を認めなかったことから、autonomic disturbanceに伴うたこつぼ心筋症発症が考えられた。

C. tetani の分離を試みるため全身の外傷を検索したが、感染が疑われる新鮮外傷を発見できなかった。しかし、受傷時期不明であるが、すでに治癒過程にあり、周囲に炎症所見を伴わないごく小さな痂皮の付着のみを認める擦過傷を右第5指背側に認めた。患者に検体の必要性を説明し、局所麻酔下に痂皮を含めた皮膚の一部をデブリドマン(壊死組織除去)し検体とした。その検体よりC. tetani を検出できた。しかし、治療前の患者血清からは破傷風毒素や抗破傷風毒素抗体を検出することはできなかった。

これまでの分離報告例で用いられた検体は、デブリドマンされた新鮮外傷の組織片や膿汁、時に糞便であったが、痂皮から分離同定できた報告は、我々の調べられる範囲ではみられていない。また、一般に創傷治癒過程において創感染が存在する場合、創傷治癒が遷延することが考えられる。しかし今回、治癒過程にあるいわゆる感染徴候のない創の痂皮からC. tetani を分離同定できた結果から、すでに治癒過程にある創も破傷風感染を否定できないことが明らかとなった。

破傷風菌の感染潜伏期は、2〜7日が一般的であるが、数十日以上の報告もあり、嫌気性、温度および栄養の3原則が揃えば、体表の感染徴候のない治癒過程にある創でも破傷風菌は増殖可能と考えられた。

まとめ
今回我々は、急性心不全を合併した破傷風を経験した。破傷風の死因として急性心不全の割合が増加しており、autonomic disturbanceと呼ばれる一群のなかにたこつぼ心筋症を合併している例もあると思われる。また、本症例では擦過傷の痂皮からC. tetani が分離された。痂皮から同菌が分離された前例はなく、今後治癒傾向にある創であっても、破傷風感染は否定できず、治療目的にデブリドマンを考慮すべきと思われる。

 文 献
1) Trujillo MH et al ., Chest 92: 63-65, 1987
2)大迫 智, 他, 京都医学会雑誌 52(1): 67-70, 2005

都立広尾病院救命救急センター 城川雅光 武田淳史 光定 誠
都立広尾病院呼吸器科 渋谷泰寛
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 岩城正昭 荒川宜親 高橋元秀

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