東京都立墨東病院感染症科を受診した最近の赤痢アメーバ症について

(Vol.28 p 105-106:2007年4月号)

序 文
赤痢アメーバ症は赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )の感染症で、わが国においても消化管あるいは肝の感染症として重要な疾患である。しかし、患者数が少ないこともあり、臨床医の関心は高くない。東京都立墨東病院(当院)は東京都の東南東部に位置し、病床数が729床の総合病院で感染症科を有していることもあり、赤痢アメーバ症の受診者数が比較的多い医療機関の1つである。当院を受診した最近の赤痢アメーバ感染者について調査を行ったので報告する。

方 法
当院感染症科を2004年1月〜2006年12月までの3年間に受診した赤痢アメーバ感染者の診療記録を基に、最近の赤痢アメーバ感染者の背景や診断方法、合併する感染症などについて分析した。

結 果
 1.感染者の性別、国籍、推定感染地
表1に感染者の総数、性別、国籍、推定感染地を示した。全員が男性で、77%が日本国内で感染したと推定された。

 2.感染者の年齢
表2に感染者の年齢を示した。感染者数は多い順に50代、30代、40代で、40代と50代で総数の59%を占めていた。

 3.病 型
赤痢アメーバ症は病巣形成部位によって腸管アメーバ症(アメーバ腸炎)と腸管外アメーバ症に大別される。さらに腸管外アメーバ症は肝のアメーバ症(肝膿瘍)と肝以外の腸管外アメーバ症に分けられる。当院初診時の時点で、腸炎患者が10人、肝膿瘍患者が11人、無症候性嚢子保有者(シストキャリア)が1人であった。腸炎と肝膿瘍を同時に呈している患者は0人であった。

 4.診断方法
他院から当院へ紹介された患者は腸炎で6人、肝膿瘍で8人で、そのうち既に前医で赤痢アメーバ症と診断されて紹介された患者は腸炎で5人、肝膿瘍で5人であった。前医で赤痢アメーバ症と診断され紹介された腸炎の5人全員で、大腸内視鏡検査時の生検で大腸粘膜内に赤痢アメーバが確認されたことで診断されていた。当院で診断した腸炎は5人であったが、全員が顕微鏡を用いて便から赤痢アメーバの栄養型を確認することで診断された。肝膿瘍患者は、他院で赤痢アメーバ肝膿瘍と診断され紹介された患者も、当院で赤痢アメーバ肝膿瘍と診断した患者も、11人全員が腹部の画像検査(CTあるいは超音波)所見と血清の赤痢アメーバ抗体の上昇を確認して診断された。

 5.男性同性愛歴
男性同性愛歴については、男性同性愛歴を自認した人が男性同性愛歴あり、回答が得られなかった人と男性同性愛歴を否定したが結婚歴がない人は不明とし、男性同性愛歴を否定し、かつ結婚歴のある人を男性同性愛歴なしとした。男性同性愛歴ありが8人、不明が9人、なしが5人であった。

 6.HIV抗体およびHCV抗体保有状況、梅毒抗体(TPHA)陽性状況
HIV抗体は14人中7人で陽性、HCV抗体は19人中3人で陽性、TPHAは19人中6人で陽性であった。表3に男性同性愛歴の有無とHIV抗体およびHCV抗体、TPHA陽性状況を示した。

 7.治 療
治療に使用した薬剤を表4に示した。全員にメトロニダゾールが使用されていた。肝に膿瘍がある11人のうち、薬剤投与に膿瘍ドレナージを併用した症例は7人で、他の4人は薬剤投与のみで治療した。

 8.再発あるいは再感染
今回の22人中、赤痢アメーバ腸炎の1人と赤痢アメーバ肝膿瘍の1人は、以前にそれぞれ赤痢アメーバ腸炎でメトロニダゾール単剤による治療を受け改善した既往がある。そのうちの1人が約5年後に肝膿瘍を発症し、他の1人が約5年後に腸炎を発症した。しかし、この2人のうちの1人は男性同性愛者を自認し、他の1人は男性同性愛歴が不明である。この2人ともに再発か再感染かは不明であった。

まとめ
当院感染症科を受診した赤痢アメーバ感染者は、国内で感染したと推定された症例が約80%で、輸入感染症に重点を置いた従来の認識は改める必要がある。今回の調査結果で特異な点として、女性患者がいないことが挙げられる。今回は男性同性愛歴の有無についても調査をしているが、不明の患者のなかにも男性同性愛歴のある人が存在すると思われる。これらの結果から、赤痢アメーバ症は日本国内で感染する疾患であり、男性同性愛者間で感染が拡大している可能性が推測される。

赤痢アメーバ肝膿瘍患者の場合、全例で受診時に腸炎はなく肝膿瘍のみであった。肝膿瘍患者の診療に際し、受診時に臨床的な腸炎症状がない赤痢アメーバ肝膿瘍が存在する事実を改めて認識する必要がある。他の医療機関から赤痢アメーバによる腸炎として紹介された感染者では、全員が大腸内視鏡検査時に行われた生検の病理検査で診断された症例であった。赤痢アメーバそのものを便から検出する方法は簡便で、診断に直結し、かつ患者への肉体的負担もない。もし、他の医療機関においても最初から赤痢アメーバによる腸炎の可能性を考えていれば、大腸内視鏡検査よりも糞便の検査を優先するであろうと思われ、さらに当初から感染症指定医療機関へ診療を依頼することもあると推定される。赤痢アメーバ腸炎の主症状は粘血便であることや、肉眼的な血便を伴わない下痢を呈する患者も多いことはよく知られている。前医で腸炎患者の全例で大腸内視鏡を利用しての診断が行われていたことは、下痢や血便の患者に対し、一般の医療機関では、当初から赤痢アメーバ腸炎を疑って対応することはほとんどないことを示していると推測される。中年の男性が下痢や血便を主訴に医療機関を受診した場合は、赤痢アメーバ腸炎も疑って対応するとよいと考えられる。

赤痢アメーバ感染者ではHIV陽性者の割合が高いことも特筆すべき事実である。1988〜1995年の間に当院で診療した赤痢アメーバ感染患者のうち、墨田区、江戸川区、江東区、品川区、港区、目黒区、中央区、千代田区に居住している人を対象とした調査では、HIV感染者は17人中0人、TPHA陽性者は28人中17人であった1)。今回の調査では、HIV感染者は14人中7人(50%)を占めており、7人すべてが男性同性愛歴を有していた。このことから、HIV感染者数が男性同性愛歴のある赤痢アメーバ感染者間で増加していることが考えられる。このように、検査が可能であった半数がHIV抗体陽性者である事実を考慮すれば、赤痢アメーバ症患者にはHIV検査を受けるように勧めることが重要である。

 文 献
1) Ohnishi K, Murata M, Epidemiol Infect 119: 363 -367, 1997

東京都立墨東病院感染症科 大西健児

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