性感染症としての赤痢アメーバ症
−特に女性における赤痢アメーバ抗体保有率について

(Vol.28 p 108-109:2007年4月号)

わが国における赤痢アメーバ症は、1970年代までは赤痢アメーバ症の多くが、いわゆる輸入感染症のひとつとして、海外流行地で赤痢アメーバ成熟嚢子(成熟シスト)に汚染された飲食物に起因する食品媒介寄生虫症として考えられていた。ところが、1970年代後半より、米国において都市部の男性に赤痢アメーバ感染者が多く認められるという報告がなされるようになり1)、男性同性間性的接触(MSM )による性感染症として認識されるようになった。わが国でも1980年代より、大阪や東京の都市部で男性を中心に赤痢アメーバ感染者の増加がみられ始めた。当時、赤痢アメーバ症は、細菌性赤痢に準じ消化器感染症と認識されていたため、都内で赤痢アメーバ症患者の届出があった場合、疫学調査の対象が性的パートナーにまで及ぶことはなく、患者と食事などを共にした接触者を中心に糞便検査が行われていた。その結果、1990年以降、検査対象となった患者家族や職場の同僚などからは、1例も赤痢アメーバが検出されていない。

1999年に施行された感染症法では、赤痢アメーバ症は全数報告対象の4類感染症(現在は5類感染症)に指定され、診断基準も見直された。その後、わが国における赤痢アメーバ症の年間報告数は、顕著な増加を示し、2006年には 738例に達し2)、全数把握の5類感染症14疾患の中で、梅毒の報告数を上回り、後天性免疫不全症候群についで2番目に多い報告数となっている。赤痢アメーバ感染のハイリスクグループのひとつに、前述のようにMSMを行うpopulationがあり、感染者に占めるその割合が大きいため、報告数の約90%が男性という顕著な疫学的特徴を示している。近年では女性の赤痢アメーバ感染者も増加傾向にあり(図1)、異性間性的接触による、より広範な感染拡大が危惧されている。

筆者らは感染症発生動向調査事業の一環として、病原体定点となっている婦人科医院から搬入された血清、子宮頸管擦過物および帯下を対象に、梅毒、クラミジア、ヒトパピローマウイルス(HPV )、肝炎ウイルスなどの検査と同時に、赤痢アメーバ抗体検査、腟トリコモナス遺伝子検出検査を実施している。赤痢アメーバに関しては、2003年よりプレートELISA 法を用いた血清中の抗赤痢アメーバIgG 抗体の検出検査を実施している3)。その結果、2003、2004、2005年に供試された、205、217、282検体のそれぞれから、3件(1.5 %)、8件( 3.7%)、14件( 5.0%)の赤痢アメーバ抗体陽性例が認められた(表1)。年齢別の内訳は、2003年が20代(2例)、30代(1例):うちクラミジア・トラコマチス(CT)陽性者2例、2004年が20代(3例)、30代(5例):うちCT陽性者7例、2005年が20代(2例)、30代(2例)、40代(7例)、50代(3例):うちCT陽性者8例と、女性における赤痢アメーバ症感染の増加傾向が認められた。また、CT陽性者と相関がみられることから、赤痢アメーバ感染が性行為により感染した可能性が高いことが示唆された。疫学的には男性の場合、赤痢アメーバと梅毒の重複感染が多いことが知られているが4)、3年間の調査結果からは、女性の赤痢アメーバ抗体と梅毒血清反応の重複陽性例はみられておらず、男性とは異なる傾向を示した。

このように日本における赤痢アメーバの感染経路は、当初、MSMによる比較的限られたpopulation内での性感染であったが、性行為の多様化から、新たなpopulationへ感染の拡大が起きていることが示唆されている。しかしながら、わが国における性感染症としての赤痢アメーバ症に対する認識度は低く、赤痢アメーバ感染予防知識の普及啓発が必要である。さらには、従来からの性感染症検査に赤痢アメーバを加えるなど、総合的な赤痢アメーバ感染拡大防止対策が望まれる。

 文 献
1) Schmerin MJ, et al ., JAMA 238: 1386-1387, 1977
2)国立感染症研究所感染症情報センター, 感染症発生動向調査週報2006年52週(第52号), http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2006/idwr2006-52.pdf
3)東京都福祉保健局, 感染症発生動向調査事業報告書, p117, 2003; p124, 2004; p128, 2005
4)奥沢英一, 他, 日本性感染症学会誌 12: 153-156, 1991

東京都健康安全研究センター微生物部 鈴木 淳 伊瀬 郁

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