はじめに
2006年8月、会津保健所管内で発生した集団食中毒は、調査の結果、飲料水が原因であるCampylobacter jejuni subsp. jejuni (C. jejuni )による水系食中毒と判明したので、その事例について報告する。
事例の経緯
2006年8月26日、福島県郡山市内の医療機関から、郡山市保健所に、腹痛、下痢、発熱を主症状とする患者を診察し、患者の話では他に会社の同僚5名も同様の症状があり、飲み水が原因と思われる旨の通報があった。郡山市保健所の調査で、患者は8月24日に発症しており、8月21日から猪苗代町S地区の道路舗装工事に従事し、その際当該地区民家の水道水を飲んでいたことが判明した。
猪苗代町を所管する福島県会津保健所は、地区住民への水道水の飲用自粛を要請するとともに、この地区の水道施設(給水人口13世帯62名)への立入調査を開始した。その結果、塩素注入器の不具合により塩素が全く注入されない状況が1週間ほど続いていたことが明らかとなった。塩素無注入の時期と発症者数のピーク、および水道水以外に共通した食品の喫食がないことから飲料水を原因とする食中毒と推定された。
最終的に調査対象者は105名となり、摂取者数は、地区住民、道路工事関係者、宿泊施設利用者等90名で、そのうち発症者は71名に及んだ。
この水道施設では、山からの湧水を水源として旧集水マスから新集水マスを経て配水池に貯水し、次亜塩素酸ナトリウムを注入したのち全13世帯と2事業所へ給水している。旧集水マスには鉄製蓋はあったものの、地面から旧集水マスの縁までの高さが十分でなく、雨水とともに土砂が流入しやすい状況であった。旧集水マス内部は石積みによるもので、コンクリートは施されていなかった。また動物などの進入を防ぐ柵は設置されていなかった。このことから、この旧集水マスが何らかの原因でC. jejuni に汚染されたことに加え、水道施設の管理不備が重なったことが発症率79%という水系食中毒を引き起こした原因と考えられた。
なお、最終的に衛生研究所、郡山市保健所および病院において20名の発症者便からC. jejuni が検出された。
衛生研究所における検査
衛生研究所には発症者便13件、および原水(旧集水マス)、浄水、発症者宅の蛇口水各1件が検体として搬入された。
発症者便についてはノロウイルスおよび食中毒菌14項目、水については水系感染を起こしやすいと考えられる食中毒菌7項目と、ノロウイルスおよびクリプトスポリジウムの検査を依頼された。
水は0.45μmのミリポアフィルターで集菌後、検査に用いた。カンピロバクター属菌の増菌には、Nutrient Broth No.2(OXOID)を基礎培地として処方に従い調製したプレストンカンピロバクター増菌ブイヨン、分離培地にはカンピロバクター血液寒天培地(BBL)を使用し分離培養したところ、カンピロバクター血液寒天培地上に疑わしい集落をみたので、その集落について形態学的検査および生化学的性状試験を行った。
また、Multiplex PCR試験と血清型別試験、およびパルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)による遺伝子解析を実施した。Multiplex PCR試験の反応条件は94℃ 30sec、55℃ 30sec、72℃ 30sec 25サイクル後、72℃ 2min、陽性コントロールは当所保存菌株を用いた。血清型別試験には「RHA法によるカンピロバクター血清型別用試薬」(デンカ生研)を用いた。PFGEは、制限酵素Sma Iを用い、泳動条件が電圧6V/cm、パルスタイム0.5〜25.0秒、泳動時間20時間、バッファー温度14℃で実施した。
その結果、発症者便13件中11件と原水からC.jejuni を検出した。いずれも典型的なC. jejuni の生化学的性状を示した。Multiplex PCR試験の結果、保存菌株と同じ159bpにバンドを確認した(図1)。追加試験として実施した血清型別試験はすべてZ6であった。また、PFGEで、原水由来株と患者便由来株はすべて同じパターンを示した(図2)。このことから、原水中のC. jejuni がこの水系食中毒の原因であると断定された。なお、便1件を除くその他の菌株は増菌培養から分離された。
考 察
今回発生したC. jejuni による水系食中毒事件は、水源が何らかの原因でC. jejuni に汚染され、さらに水道施設の管理不備が重なったことにより、消毒がなされないまま住民へ給水されてしまったため起きたと思われる。緊急措置として水源の整備(塩素注入器の複数設置、集水マスのかさあげ、侵入防止柵の設置等)を実施し、給水再開となったが、日頃からの徹底した水道施設管理の必要性や、衛生観念の普及の重要性を再認識することとなった事例であった。
便1件を除いた11件について増菌培養からのみC. jejuni を検出したことは、発症菌量が少ないことに加え、温度などの条件による影響を受けやすく非常に死滅しやすいという、カンピロバクター属の性質によるものと考えられ、適正な検体の取り扱いと増菌培養が重要であることを裏付けることとなった。
福島県衛生研究所会津支所 阿部 環 羽賀節子 横山桂子
福島県衛生研究所微生物グループ細菌 渡邉奈々子
福島県会津保健所生活衛生部衛生推進グループ