症例は生後3カ月女児。蜂蜜の摂取歴は無く、ほとんど母乳栄養であった。入院2日前より発熱を認め、その後鼻汁と哺乳不良が出現し、近医にて投薬を受けていた。哺乳時にむせてチアノーゼを認めたため、急性気管支炎の診断で2005年10月15日に入院となった。入院後は輸液とフロモキセフ静注とエリスロマイシン内服治療を開始した。入院2日目には解熱したにもかかわらず、活気無く、哺乳不良が続いた。入院3日目に球麻痺症状、四肢筋力弛緩、眼瞼下垂、瞳孔散大を認め、呼吸も微弱となったため、人工呼吸器管理を行った。頭部MRI、脳波、髄液検査は異常を認めなかった。急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、Guillain-Barré症候群の可能性を否定できず、入院3日目より5日間IVIG 400mg/kg/day施行したが、筋力の回復は認められなかった。CRPの上昇無く、細菌感染症否定的であり、またマイコプラズマIgMとクラミドフィラ・ニューモニエIgMも陰性であったため、入院6日目に抗菌薬投与を中止した。入院8日目のテンシロンテストは陰性であった。
入院2日前より排便無く、浣腸により排便を促していた。ボツリヌス感染の可能性も考慮し、保健所に検査を依頼したところ、便よりB型ボツリヌス毒素および菌が検出された。7日目の筋電図検査では神経伝達速度は正常であったが、50Hz反復刺激にてwaxingを認めた。入院10日目より散瞳改善し、四肢筋力も回復傾向にあった。入院12日目より便秘改善し、自力排便可能となった。入院17日目に抜管、入院43日目に筋力、哺乳力回復し、退院となった。なお、感染経路については保健所に依頼し、内服薬(シロップと漢方薬)、掃除機で集めた家の埃、哺乳瓶、粉ミルク、野菜ジュース(市販)、入浴剤を調べたが、菌および毒素は証明されなかった。
乳児ボツリヌス症は1976年に米国で初めて報告され、本邦では1986年に野田らによってその第1例が報告された。翌1987年には10例の報告があったが、同年10月に厚生省(現厚生労働省)より「1歳未満の乳児には蜂蜜を与えないように指導する」との通達が出てからは、その報告は激減した。このことより、わが国の蜂蜜の汚染状況は5.3%とかなり高率であることもあり、蜂蜜が乳児ボツリヌス症の主な感染経路の1つであるといえる。これら報告を含め1980年代は1989年10月の岡山より報告された症例までの計12例では蜂蜜の摂取歴があった。しかしながら、1990年代に入り、1990年2月の北海道より報告された13例目の症例では蜂蜜の摂取歴が不明であり、1992年9月に大阪より報告された14例目の症例以降現在まで、本症例(20例目)を含め、2006年5月の大阪より報告された21例目まですべて蜂蜜の摂取歴は無い。米国においても乳児ボツリヌス症の75〜80%は蜂蜜摂取歴を有しない。元来、日本の土壌には主にC型、E型ボツリヌス菌がみられ、本邦でのボツリヌス食中毒でもその多くが発酵食品におけるE型ボツリヌス菌であることが多かった。本症例ではB型ボツリヌス菌が検出されたが、B型ボツリヌス菌についてはオリーブやキャビアなどの輸入瓶詰め製品での汚染報告がある。これらより、近年の食生活の多様化と輸入食材の豊富さに伴い、乳児ボツリヌス症の感染経路も必ずしも蜂蜜ではなくなっていることが示唆される。蜂蜜の摂取歴にとらわれることなく、症状が合致する場合、ボツリヌス感染症を鑑別に挙げる必要があると考える。
米国では2000〜2004年の5年間で乳児ボツリヌス症の発生報告が481例あるのに対し、日本における乳児ボツリヌス症の報告例は先進国の中で特に少ない。これはウイルス性脳症や、Guillain-Barré症候群、重症筋無力症などを疑われて、明確な診断に至らぬまま治癒に至っている症例も多いと考えられる。
本症例においては幸いに筋力回復は予想外に早く、人工呼吸器からの離脱も早かった。これは比較的早期に診断でき、排便を促したことも一因と思われる。入院3日目、10日目、13日目の便を検査したが、B型ボツリヌス毒素および菌ともに入院3日目の便からのみ検出され、以後は認めなかった。2006年5月の報告症例においても、便中毒素および菌数の変化について追跡報告されており、排便とともに毒素量、続いて菌数が減少し、それに伴い麻痺症状が改善したとのことであった。
以上より、本邦においても四肢・呼吸筋麻痺、球麻痺症状、瞳孔散大、眼瞼下垂、便秘症状を認めた際に早期よりボツリヌス感染も鑑別に挙げ精査する必要性があると考える。
財団法人田附興風会医学研究所北野病院小児科
西田 仁 塩田光隆 中川権史 南方俊祐 多久和麻由子 森嶋達也 熊倉 啓
吉岡孝和 上松あゆ美 羽田敦子 秦 大資
大阪市立環境科学研究所微生物保健課 梅田 薫 小笠原 準
国立感染症研究所 高橋元秀