感染症法における結核対策がスタートした。結核はポリオ、ジフテリア、SARSとともに二類感染症に分類された。一方、結核菌は多剤耐性の場合は三種、それ以外の場合は四種病原体とされた。本稿では、結核予防法において規定されていた事項が、改正感染症法でどのように規定され、運用されるかについて解説する。
1.患者等の届出について
結核予防法第22条では、医師は結核患者であると診断した時は2日以内に最寄りの保健所に届け出ることになっていた。初感染結核(いわゆるマル初)の届け出は、以前は取り扱いが明確になっていなかったが、2005(平成17)年4月の改正結核予防法の施行後、活動性分類から削除され、届出の対象でないことが明確にされた。改正感染症法では、法第12条に基づき、二類感染症である結核は患者(疑似症患者を含む)および無症状病原体保有者(ただし、治療を必要としない者は除く)を直ちに届出なければならないこととなった。
この規定に基づく医師の届出基準における結核の定義は「結核菌群(Mycobacterium tuberculosis complex、ただしMycobacterium bovis BCGを除く)による感染症」となっており、M. tuberculosis (人型菌)、M. bovis (牛型菌)、M. microti (ネズミ型菌)、M. africanum (アフリカ型菌)は含まれるが、BCGによって発症した例は除外している。
結核の場合には主に治療の必要性から初感染結核を含む活動性結核を対象としてきたが、感染症法では届出の必要な疾患は急性感染症が主な対象となっているため、患者定義は病状(症状および菌所見中心)から感染源になりえることを重視した分類であり、基本的に適合しない。4月の改正感染症法の施行後、届出基準について一部の地域で混乱が生じたため、5月21日に開催された厚生科学審議会感染症分科会結核部会における審議を経て、結核における分類の考え方を感染症法の分類に適合させる方向で一部修正された。届出基準の運用方法は表1に示すように、活動性結核として治療が必要な患者は菌所見等のみにとらわれずすべて患者(確定例)として届け出る。治療が必要な潜在性結核感染症は年齢にかかわらず、無症状病原体保有者として届け出る。この「潜在性結核感染症」は米国胸部疾患学会(ATS)とCDCが2000年に発表した共同声明「選択的ツベルクリン反応検査と潜在結核感染症の治療」1)から使われるようになったLatent Tuberculosis Infection (LTBI)を意図しており、明らかな臨床的症状も細菌学的陽性所見や画像上の結核を示唆する所見もないが、結核に感染している疾患という概念である。従って、従来の「初感染結核」のみならず、既感染者で免疫抑制剤を使用する者を含めて、顕性発症の前に治療を行う者は届け出る。従来は「初感染結核」に対しては発病を予防するために「予防内服」、「化学予防」を行ってきたが、今後は疾患の予防ではなく、潜在性結核感染症という疾患であるとの認識の下、治療として投薬されることになる。
治療を必要とする潜在性結核感染症を届出の対象とする理由は以下のとおりである。(1)乳幼児がコッホ現象を契機として初感染結核と判明したような場合には、周囲に感染性の結核患者が発見されずにいる可能性があることから、感染源探索のため接触者健診を行う必要がある。(2)潜在性結核感染症の治療(従来の化学予防)は脱落が多いので、可能であれば、服薬支援の対象とするべきである。(3)潜在性結核感染症の治療を行っても発病する可能性があることから、対象者に有症状時の早期受診など、適切な健康教育をする必要がある。特にツベルクリン反応を用いた感染診断は偽陽性が多かったものと推定されるが、クォンティフェロン第2世代(QFT)の診断精度は高いことから、治療対象者からの活動性結核の発病は多くなる可能性があり、治療対象者はハイリスク者として注意が必要である。(4)潜在性結核感染症の治療は、欧米の低まん延状況の国々で、結核の根絶に向けた重要な戦略となっている。
疑似症はこれまでの結核病学あるいは臨床対応にない概念であるが、感染症法上、二類感染症である結核についても規定される必要がある。「患者(確定例)」を治療の必要な活動性結核とした考え方を踏襲すると、対象として、抗酸菌塗抹陽性であるため感染拡大を防ぐ必要があることから入院勧告の対象であるが、臨床的に非結核性抗酸菌症が疑われるために直ちに治療には踏み切ることまでは決めていない患者が該当すると考えられる。しかしこのような患者は極めて少ないものと推定されるし、結核患者として届け出て、検査結果が判明した時点で除外(撤回)しても対応(公費負担・サーベイランス等)に変わりはないことから、「疑似症」を運用する意義は非常に低いものと考えられる。
2.入院について
結核予防法では「入所命令」と呼ばれていたが、感染症法では「入院勧告」となり、勧告に従わない場合には「入院措置」となる。結核予防法では「入所命令」に強制的な権限がなかったが、感染症法では「即時強制」と呼ばれる強制力がある。ただし、実際上強制的な入院は難しく、仮に入院させても拘束下治療が行われるわけではないので、実効性がどの程度あるのか明らかでない。入院に容易に応じない患者にも、適切な説明を行いその理解を求めて、「勧告」の段階で入院していただく対応になるものかと思われる。結核予防法では同居者がいない場合には入所命令の対象にならない問題があったが、これは解決された。入所命令のためにはあらかじめ結核診査協議会における審議の必要があり、この間の公費負担の問題があったが、感染症法では第19条にいわゆる「応急入院」の規定があることからこの問題も解決した。入院の延長は結核予防法では6カ月ごとの診査であったが、感染症法では入院勧告の対象疾患は急性疾患であったために10日ごとの延長の診査が必要なところ、慢性の経過を持つ結核に関しては特例で30日ごととなった。
3.接触者健診について
接触者健診は初発患者および接触者の調査と必要な対象者の健康診断の二つの要素から成り立っている。結核予防法ではこの調査に関する法的規定がなかったが、感染症法第15条に積極的疫学調査、すなわち、都道府県知事による感染症の発生状況、動向、原因に関する調査権限が規定されており、これに基づく調査となる。なお、法第15条には、調査対象者に「必要な調査に協力するよう努めなければならない」という努力義務規定があり、これに基づく調査には、個人情報保護法等に基づく情報の利用制限の適用除外規定が適用される。
接触者の健康診断は結核予防法では第5条の「定期外健診」として実施してきたが、「感染症法第17条に基づく健康診断」となる。これは2005(平成17)年施行の結核予防法改正時に第5条は感染症法17条とほぼ同じ条文となっており、変わらない。
4.病原体管理について
結核菌の中で多剤耐性結核菌は三種病原体に規定されているため、所持に際して7日以内に厚生労働大臣に届け出ることになったが、主に医療機関または検査機関が業務に伴い所持することになった場合で滅菌・譲渡するまでの間所持する場合等は届出を要しないとされており、患者の診療や調査のための障害にならないような配慮がされた(法第56条の16)。所持に際しては帳簿を備え必要事項を記載する(法第56条の22)。また、輸送に際しては、公安委員会(警察)に届出を行い、運搬証明書の交付を受ける必要がある(法第56条の27)。多剤耐性以外の結核菌は四種病原体に規定されており、施設の構造、設備等を技術基準に適合させること(法第56条の24)、保管、使用、運搬、滅菌の技術基準に従うこと(法第56条の25)が求められる。
5.感染症法においても変わらない事項
結核予防法に規定されていた事項で感染症法に新たな条項が加えられ、そのまま変わらず実施されるものを表2に示す。また、「結核に関する特定感染症予防指針」が策定されたが、結核予防法に基づく「結核の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針」[2004(平成16)年厚生労働省告示第375号]を引き継ぐ内容となっている。
おわりに
結核予防法の廃止・感染症法への統合は厚生科学審議会や国会における議論を経て成立・施行された。これらの議論によって、結核対策の重要性が再確認され、議論の論点は改正感染症法の制定に際しての附帯決議で言及され、それに即した対応が柔軟な運用方針に反映されている。改正感染症法によって、結核予防法にあった対策に必要な基本的な要素は引き継がれており、法制上の課題の幾つかは解決し、人権の尊重、積極的疫学調査、病原体管理等、潜在性結核感染症など新たな時代に必要な考え方が加わった。今後とも結核の根絶に向けて、結核対策が推進されることを祈念している。
参考文献
1) ATS/CDC, Targeted tuberculin testing and treatment of latent tuberculosis infection, Am J Respir Crit Care Med 161: S221-S247, 2000
(邦訳:中薗他, 選択的ツベルクリン反応検査と潜在結核感染症の治療, 資料と展望 36: 25-68, 2001)
結核予防会結核研究所 加藤誠也