国立感染症研究所病原体等安全管理規程の改訂

(Vol.28 p 192-195:2007年7月号)

国立感染症研究所(感染研)は、バイオハザード(生物災害)防止対策として、WHOやCDC/NIHよりも早い1981年に、所内外の専門家により病原体等安全管理規程をまとめた(初版)。2回の一部改正が行われ、1992年に品川庁舎から戸山庁舎への移転にともなって全面改訂された(第二版)。諸般の状況の変化に応じて、その後7回にわたる一部改正が行われて現在に至った。これまでバイオセーフティの考え方にもとづいて、病原体等の曝露あるいは漏出事故の防止方法を定めてきた。しかし、今回、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)の改正や最近の情勢の変化により、病原体等の紛失、盗難、不正流用、意図的放出を防ぐためのバイオセキュリティの枠組みが追加要求されることになり、全面改正(第三版)に至った。

感染症法では、一種および二種病原体等の取り扱い施設については、病原体等の保有に関する業務の監督者として「病原体等取扱主任者」を選任するとともに、「感染症発生予防規程」を作成し、厚生労働大臣の許可を得ることが義務づけられている。感染研をはじめわが国の研究機関は一種病原体等を所持していない。しかし、当研究所では、二種病原体等(6種)を所持しているので、許可申請が必要となった。また、三種病原体等(23種)の取り扱いには所持後7日以内の届出と、四種病原体等(16種)では届出は不要であるが、施設基準、保管、使用、運搬、滅菌等の基準の遵守が求められている。これらに不備があると、厚生労働大臣による報告徴収、立入検査、改善命令、その違反に対して罰則が科せられることになる。したがって、バイオセーフティに基づく病原体等の取り扱いの自主規制ないし自己管理の観点で定められた感染研の病原体等安全管理規程は、バイオテロ防止対策の一つとして、特定病原体等の国家管理に関わることを追記する必要性がでてきた。それとともに、バイオセーフティに関わる新しい考え方で病原体等の安全管理体制を見直すことになった。

1)「感染症発生予防規程」の内容を「病原体等安全管理規程」に取り込むこと
二種病原体等の取り扱いに必要な「感染症発生予防規程」の項目は、バイオセキュリティの考え方にもとづいて省令として定められている。現在の管理規程には類似した項目があることから、必要な内容を追記し改訂することにした。管理規程に感染症発症予防規程を含めたため、どの部分が相当するのかについて明らかにする目的で対照表を作成した。この部分に変更の必要が生じたときは、厚生労働省へ感染症発生予防規程の変更として届け出ることになる。

「病原体等所持者および滅菌譲渡者」は所長とし、感染症法に規定されるすべての管理責任者とした。また「病原体等取扱主任者」は感染症法にもとづく命令や感染症発生予防規程の実施にあたる特定病原体等の管理責任者として、従来のバイオセーフティ管理室長を当てた。委員会としてはバイオリスク管理委員会を中核とし、バイオリスク管理運営委員会、高度封じ込め施設運営委員会、そして病原体等取扱安全監視委員会を設けた。病原体等の安全管理という意味には、従来のバイオセーフティに新たにバイオセキュリティが追加されたため、それを明確にするべく、いままでのバイオセーフティ委員会をバイオリスク管理委員会と改称した。ボツリヌス菌等の一部のバイオセーフティレベル(BSL)2病原体等が特定病原体等に指定されたので、従来はBSL3実験区域(指定実験室)であった病原体等安全管理区域に加え、BSL2実験区域を新たに含め、さらに設備管理区域(実験室の監視、設備管理、保管または滅菌区域)も含めた。新設したバイオリスク管理運営委員会(委員長は管理室長)は、従来の指定実験室運営会議をBSL3実験室運営責任者会議に改称し、また、部長等とともにBSL2実験区域における病原体等の安全管理を担当するBSL2実験室運営責任者会議を新たに設け、両者を包含した。この運営委員は、バイオセーフティ管理室と密に連携して日常のバイオリスク管理を担当し、実験室安全操作指針等を制定し、実験室内の安全管理や教育訓練の中心的役割を果たすことになる。高度安全実験施設の名称はWHO バイオセーフティ指針に使われている高度封じ込め施設に改称した。両運営委員会は、管理規程とともに、BSL2、BSL3、およびBSL4実験室における病原体等安全管理区域運営規則を遵守する。BSL4病原体は所持していないが施設を維持しているため、今まで通り管理規程に盛り込んだ。病原体等取扱安全監視委員会は従来から機能しているが、特定病原体等の取り扱いへの安全監視についても対象が加わった。

また、病原体等取扱者−病原体等取扱責任者−実験室運営責任者−バイオリスク管理運営委員会−バイオリスク管理委員会−所長という枠組みを明確にした。BSL3病原体等取扱責任者は、取り扱うBSL3病原体等ごとに決められていた危害防止主任者に相当し、BSL3実験室運営責任者は、病原体等を取り扱うBSL3実験室ごとに決められていた統括危害防止主任者に相当する。ほか、法律に定められた特定病原体等については、特定病原体等取扱者−特定病原体等取扱責任者−特定病原体等取扱実験室運営責任者−病原体等取扱主任者(管理室長)−病原体等所持者および滅菌譲渡者(所長)という枠組みとなり、必要に応じて特定病原体等運営会議を組織しバイオリスク管理運営委員会に包含する(図1)。

2)病原体等の取扱BSL分類の考え方を改訂
従来の管理規程では、病原体のBSLは分類基準により直接決定されていた。つまり病原体等を試験管内で通常の量を取り扱う場合は、ヒトを基準として、レベル1〜4に分類した。レベルのそれぞれは「個人」あるいは「地域社会」に対する「危険度」の高低の組み合わせで決められていた。今回から、病原体等の取扱BSL分類は、病原体等のリスク基準に基づき、さらにリスク項目を評価し、BSLを決定する。そして対応する安全管理基準で病原体等を取り扱うことにした。これは基本的にWHO のバイオセーフティ指針第三版(2004年)にもとづくものである。

当該指針の用語を日本語化するに当たって、そのままの和訳では誤解を生ずる可能性があることから、当該指針の作成に関わった国内外の委員および有識者にその意味を問い合わせ、正確な理解が得られるような用語に改めた。検定・検査・研究活動に使う実験室における通常の取り扱い方法および取り扱い量の病原体等について、種々なヒトへのリスク基準をもとに、「個人」は一義的には実験者(あるいは病原体等取扱者)で、広い視点からは実験者と接触するヒトを含むとして「病原体等取扱者」とし、「地域社会」は実験者と共同実験作業者、実験室使用者・作業者、同僚、研究所の勤務者そして家族等、実験者と種々の場面で関わる人々の意味であることから、「病原体等取扱者と感染の可能性のある接触が、直接あるいは間接的に起こりうるその他の人々」として「関連者」とした。そのままでは危険の度合いと理解される「危険度」はより正確に危険域(ハザード)への概念的距離として「リスク」と表記した。これにより、病原体等のリスク群を1〜4に分類した(表1)。病原体等の取り扱いに当たっては実験室等の安全設備基準を設け、実験手技と安全機器、そしてBSL実験室の安全設備として種々の点についてその必要性を、感染研の実情に合わせて定めた。なお、動物実験に関わる病原体等のABSLについても同様の考え方で決定した。

実際、新興感染症の発生にともなう病原体の取り扱いレベルについては、とくに最近5年間はおよそ上述した基準と方法により、資料の収集とその評価を委員会で議論し決定してきたので全く新しいものではないが、逆にいえば現状を追認する考え方を明記したといえよう。したがって、実験者が実験室内で病原体等に曝露した場合に、その影響がどこまで及ぶのかについてリスク評価し、その結果に基づいてBSLを決定する。そして、BSLに対応する実験手技と安全機器および実験室の設備等を適用して病原体等を取り扱うことにより、病原体等取扱者および関連者の安全が確保されるということになる。

今回の全面改正に当たって、旧バイオセーフティ委員会のみならず、所内外の多くの専門家等と議論が行われた。感染症法の公布から施行までおよそ半年の議論する時間があったにもかかわらず、省令の提示が5月末になったことから改訂時期も施行直前となった。しかし、多くの議論とともに、部長会等での改訂作業の経過報告とホームページを活用して所内意見の集約と周知をはかったことからも、所内では理解が進んだと思われる。今後は、感染研のWebsiteにも掲載していきたいと考えている。ただ、もっとも重要なことは、バイオセーフティとバイオセキュリティの両面をもつことになった病原体等の安全管理について、病原体等取扱者自身がその社会的責任を果たすように求められる時代となったことである。それを意識しながら、常日頃、現場で行動し、かつ教育訓練により知識と行動を再点検しつつ、高いレベルを維持していかねばならない。バイオセキュリティに関わる安全設備等の充実も計っていくなど、新たな対応も求められている。

国立感染症研究所バイオリスク管理委員会

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