輸入デング熱62症例の臨床的特徴について

(Vol.28 p 218-219:2007年8月号)

1.目的
デングウイルス感染症は、蚊によって媒介されたデングウイルスによって引き起こされる急性の熱性疾患で、熱帯亜熱帯地域で流行が広く見られる熱帯病である。日本人においては診断されずに見逃されている場合が少なくない。また日本人の多くは、デングウイルスと同じフラビウイルスである日本脳炎ウイルスに対する免疫を有する。本研究の目的は、日本人における海外からの輸入デング熱の臨床像を明らかにし、日本脳炎ウイルスに対する免疫が臨床像に関与しているかどうかを調査することである。

2.対象および方法
東京都立駒込病院で1985年〜2000年の間に診断された、62例のデング熱患者の病歴を調査した。デング熱の確定診断は、国立感染症研究所ウイルス第一部にて、赤血球凝集阻止試験(HI)で行った。

3.結果
全62例(男44女18、平均年齢31.5±10.5歳)がデング熱と診断された。推定感染地域を表1に示す。42例が東南アジアで感染したと考えられ、41例が帰国後に発症し、平均推定潜伏期間は3.2±3.3日間であった。臨床的特徴を表2に示す。発熱は平均5.6±2.0日間継続した。41例において麻疹や風疹に類似した、主に四肢に分布する発疹がみられ、発熱出現平均5.7日後に出現した。14例において、解熱時に手掌・足底を中心とした皮膚掻痒を認めた。出血傾向は9例に認めた(鼻出血2例、歯肉出血2例、不正性器出血2例、すべて3例)。検査では、白血球減少(<3,500/μl)を71%(平均3,062/μl 、1,000〜9,700/μl)に、血小板減少(<10万/μl)を57%(平均101,400/μl 、10,000〜298,000/μl)に、AST値上昇(>11IU/l)を78%(平均82IU/l、13〜375IU/l)に、LDH値上昇(>220IU/l)を71%(平均 336IU/l、120〜 1,195IU/l)に認めた。白血球数および血小板数の平均値は、発症後10日以内に正常化したが、AST値の平均値が正常化するには3週間以上要した。2例がWHOによるデング出血熱の病態分類でのGrade 2に相当したが、症状が軽度であったため臨床的にデング熱と診断した。27例でRT-PCRを施行したところ、19例で血清型が同定された。推定感染地域ごとの内訳を表1に示す。WHOによる分類では、解熱期のHI抗体価 1,280倍以下はデングウイルス初感染に、2,560倍以上はフラビウイルス再感染に定義される。その定義に従うと、25例(40%)がデングウイルス初感染群に、37例(60%)がフラビウイルス再感染群に分類された。年齢分布では差が無く、臨床像を重症度(発熱時間、ターニケット試験、出血傾向、血小板減少)で比較したところ、有意差は見出されなかった。

4.考察
臨床像は感冒様症状を伴う発熱が主であり、発疹が見られた症例では、ほとんどの例で解熱時に発疹が出現した。検査異常値は一過性のものであった。全国サーベイランスでは80%の日本人が日本脳炎ウイルスに対し抗体を有しており、本研究において60%がフラビウイルス再感染の結果を呈したことを裏付ける。本研究においてはデング初感染群とフラビウイルス再感染群において重症度に差がみられなかった。日本脳炎ワクチンによるデングウイルス感染への影響を明らかにするためには、より大規模な症例対照研究が必要と考えられた。

デング熱は、流行地域からの旅行者における発熱の鑑別診断として重要である。流行地域からの発熱患者をみた場合、経過を注意深く観察し、解熱時に発疹が出現した場合、本症を疑い確定診断のために血清を研究機関に送るべきである。早期診断により、過剰もしくは不適切な治療を避けることができるであろう。

参考文献
Itoda I, Masuda G, Suganuma A, et al ., Am J Trop Med Hyg 75(3): 470-474, 2006

東京女子医科大学感染症科
井戸田一朗 戸塚恭一
東京都立駒込病院感染症科
増田剛太 菅沼明彦 今村顕史 味澤 篤 根岸昌功
国立感染症研究所ウイルス第一部
山田堅一郎 矢部貞夫 高崎智彦 倉根一郎

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