鼠咬症(Rat-bite fever)は、鼠などに咬まれStreptobacillus moniliformis やSpirillum minus に感染することにより、特徴的な皮疹・発熱・関節痛をきたす稀な全身性感染症である。今回、その特徴的な皮疹より鼠咬症を疑い、痂皮のPCRによりS. moniliformis を検出した一例を報告する。
症例:74歳、女性。
初診日:2007年5月7日。
主訴:四肢・顔面の紅斑、関節痛。
家族歴:特記なし。
既往歴:47歳時に子宮筋腫にて子宮、卵巣摘出。72歳時に左腎細胞癌のため左腎摘出。
現病歴:2007年4月27日自宅で鼠(頭胴長15cm)に右手の第2、3指を咬まれる(図1)。5月2日より関節痛、筋痛、全身倦怠感が出現。5月7日に四肢に紅斑が出現し、当院を受診。
初診時現症:体温37.0℃、全身倦怠感。手掌・足底を含む四肢末梢側優位に、大豆大までの軽度浸潤を触れる紅斑が多発(図2)。上肢では紅斑は癒合傾向を示し、顔面は額部を中心にびまん性紅斑。皮疹に掻痒感等の自覚症状はなし。四肢の大小関節痛・腰背部痛・筋把握痛。結膜に充血はなく、口腔内にコプリック斑や、舌に白苔の付着はなし。頚部・鼠径等の表在リンパ節は触知できず。
血液検査所見:WBC 11,500/mm3(好中球84.7%、好酸球0.2%、好塩基球0.1%、単球2.1%、リンパ球12.9%)、Hb 12.5g/dl、Plt 15.4万/mm3、CRP4.22mg/dl。肝、腎機能、電解質に明らかな異常値は認めず。2007年5月7日麻疹IgM(EIA)0.13、麻疹IgG(EIA)11.7、5月16日麻疹IgG(EIA)13.8。
血液培養:陰性(5月8日)。
病理組織学的所見:初診時に上肢の紅斑部より皮膚生検を実施。真皮の血管周囲に軽度のリンパ球浸潤。真皮に接する皮下脂肪織では一部の血管周囲にリンパ球、好中球の高度な集簇。
治療および経過:5月8日夜に悪寒・戦慄とともに39℃台の発熱が出現。刺し口ははっきりしなかったが、山中での作業をしていたことから日本紅斑熱やつつが虫病を疑い、ミノサイクリン(MINO)200mg/日を開始。5月12日より解熱し、四肢・顔面の紅斑は消退し、手掌・足底に点状紫斑が残存。関節痛は腰背部のみが残存。鼠に咬まれた既往より鼠咬症の可能性も考え、国立感染症研究所にて、リケッチアの検査とともにS. moniliformis の16S-rRNA遺伝子特異的PCRを実施。その結果、鼠咬部痂皮(図1)よりS. moniliformis 遺伝子を検出。臨床経過も含め、鼠咬症と診断し、MINO 200mgを14日間投与。以降は、発熱なかったが腰背部痛のみが持続。6月9日になり、再度38℃台の発熱。血液培養陰性だが、鼠咬症の再燃と考え、6月11日よりMINO 200mg/日の投与を開始。しかし熱型が改善しないため、13日よりピペラシリン(PIPC)4g/日へ変更。変更後、熱型・腰背部痛は徐々に改善し、16日には解熱。PIPCを10日間継続し、軽快退院。外来にて経過観察しているが現在のところ再燃なし。
考察:鼠咬症はS. moniliformis やS. minus による人獣共通感染症である。S. moniliformis は好気性あるいは通性嫌気性のグラム陰性桿菌で、一部の齧歯目の口腔内常在菌として存在し、咬傷や引っかき傷より感染する。2〜10日の潜伏期を経て、高熱、多発関節痛、筋痛、皮疹と全身に症状が出現する。文献的には、関節痛は肘、膝、腰背部など大関節が中心であり、皮疹は手掌、足底を中心とした紅斑であり、膿瘍を伴うものもあるとされる。
本症例では、発症まで6日間、発熱は間欠的で、悪寒、戦慄を伴い、急性期のインフルエンザを思わせるほどの重篤感を伴った。皮疹は、手掌、足底を含む四肢の末梢優位に、大豆大の紅斑が出現した(図2)。紅斑は癒合傾向を示し、消退後は紫斑となった。他疾患と比べ、特異的な皮疹のため、一度経験すれば、皮疹と詳細な病歴摂取により診断可能と実感した。多発関節痛は、入院当初は動けないほどの痛みであった。
一般に、S. moniliformis の分離培養は、血液・関節液から可能であるが、特殊な培地を必要として困難なことが多い。近年では、PCRで患者の体液よりS. moniliformis 遺伝子の検出により診断されることもある。本症例では、血液からは検出されなかったものの、鼠咬部痂皮のPCRでS. moniliformis 遺伝子を検出し、確定診断にいたった。
治療は、ペニシリン系の抗菌薬が第一選択であり、テトラサイクリンも有効とされる。自然治癒する場合もあるが、心内膜炎、心筋炎、脳炎、深部膿瘍などを合併した場合高い死亡率を有する。また、治療が完全でないと再発する場合があるとされる。自験例では、当初、リケッチア感染症も疑っていたためMINOを投与し、いったん軽快するも、再燃した。ペニシリンに変更後は、熱型も著明に改善し、残存していた腰背部痛も軽快した。海外の文献では1カ月投与を行っている症例もあり、抗菌薬の種類、使用量、使用期間に関しては、臨床経過をみながらの注意深い判断が必要だろう。
近年、本邦では鼠咬症の症例報告はほとんどない。理由として、衛生環境の改善や内服抗菌薬の薬効向上が挙げられる。しかし、一般に知られていない疾患であるため、中毒疹とされている例もあると思われる。重篤化する危険性のある疾患のため、初期診断が大切であり、鑑別診断に上げるべき疾患である。
山梨大学皮膚科
中込大樹 出口順啓 矢ケ崎晶子 原田和俊 柴垣直孝 島田眞路
国立感染症研究所獣医科学部 木村昌伸 今岡浩一