石川県における「麻しん迅速把握事業」とウイルス学的検査

(Vol.28 p 221-223:2007年8月号)

石川県では、麻しん患者発生の迅速な把握ならびに感染拡大防止を目的とし、2002年から県医師会と連携し「麻しん迅速把握事業」を実施している。さらに2006年8月からはこの中に当センターで実施するウイルス学的検査を加えて本事業の精度向上を図っている。

本(2007)年4月より関東地方を中心に麻しんの流行があり、石川県でもこれまでに60人を超える患者が発生している。ウイルス学的検査導入後初めての流行であり、多くの麻しんウイルス検査を経験したので、これまでの概要を患者発生状況と併せて報告する。

事業の概要:「石川県麻しん迅速把握事業」では、県内全医療機関を対象とし、麻しん患者を診断した医師は、即日規定様式にて管轄保健所に報告する。保健所は、報告受理後直ちに報告内容を石川県医師会ホームページの麻しん情報登録に入力し、この情報は関係機関に随時配信される。また、診断した医師は必要に応じて当センターにウイルス学的検査(遺伝子検出、ウイルス分離)を依頼する。

患者発生状況:麻しん迅速把握事業によると、石川県の今期流行は2007年第16週(4月18日;成人男性)から始まり、患者報告数はその後段階的に増加し、麻しん、成人麻しんともに第21週をピークに現在終息に向かっている(図1図2)。この間の患者報告数は第23週(6月10日)までで64人であり、その内訳は麻しん(15歳未満)が20人、成人麻しん(15歳以上)が44人であった。なお、従来から実施している感染症発生動向調査における同期間の定点患者報告数は、麻しん2人、成人麻しん8人となっている。

報告患者64人の年齢階層別割合およびワクチン接種歴を表1に示した。1歳が6人と多く、15〜19歳(9人)、20〜29歳(14人)、30〜39歳(14人)も比較的多くみられた。この結果は、感染症発生動向調査における全国の報告数(IDWR第21週)と同様の傾向を示している。またワクチン接種歴は、未接種12人、接種済み15人、不明37人であった。なお、男女の内訳は男性41人、女性23人であり男性の方が多かった。

ウイルス学的検査状況:本年度に本事業においてウイルス学的検査の依頼があったのは6月10日現在で60人(101検体)である。検査は迅速性を重視しRT-PCR法によるウイルス(HA)遺伝子検出を優先実施したが、B95a細胞によるウイルス分離も行っている。このうち遺伝子検出で陽性となったのは34人(57%)で週別の状況を図1図2に示した。また麻しんウイルスが分離されたのは5人であった。遺伝子検出で陽性となった最初の検体についてダイレクトシークエンスにより塩基配列(NP遺伝子)を決定し解析を行った結果、ウイルス遺伝子型はD5に分類された。

検体は一人の患者から咽頭ぬぐい液と血液の両方が得られたもの41人、咽頭ぬぐい液のみが14人、血液のみが5人であった。これらの遺伝子検出検査結果を表2に示した。患者60人のうち咽頭ぬぐい液と血液両方が得られた41人をみると陽性は26人(63%)で、検体が一種類の場合に比べ高率であった。またこの中には上記検体のどちらか一方のみが陽性となる例(咽頭6人、血液2人)がみられたことから咽頭ぬぐい液と血液の両方を検体とするのが望ましいと思われた。

ワクチン株との鑑別:RT-PCRで陽性となったもののうち、ワクチン株との鑑別が必要とされたものは下記の2症例であった。鑑別はHA遺伝子のnested PCR産物のSau 3AIによる切断パターンをみるPCR-RFLPにより行った。

【症例1】患者は1歳1カ月の女児で、発症の7日前に定期の予防接種(MR)を受けていた。明らかな麻しん患者との接触はないが、接種を受けた医療機関に麻しん患者がいたことから鑑別の依頼があった。RFLPの結果、ワクチン株であることが判明し、後にダイレクトシークエンスによっても確認された。なお、本症例は主治医によりワクチンの副反応の範囲内と判断され、報告は取り下げられた。

【症例2】患者は15歳5カ月男性で、同じ高校の生徒に麻しん患者がいたため急遽ワクチン(単抗原)を接種したが、その8日後に発症した。RFLPの結果、野生株であることが判明した。

考察:石川県では、「麻しん迅速把握事業」にウイルス学的検査を導入後、初めての麻しん流行を経験した。今期流行においては首都圏をはじめ大学等での流行も多くみられているが、石川県においては施設内流行はみられていない。これは本事業の成果と即断はできないが、この中でウイルス学的検査は迅速かつ正確な診断のために一定の役割を果たしたと思われる。特に今日、成人麻しん、修飾麻しん等が呈する多彩な症状、所見のために臨床診断が必ずしも容易ではない症例が目立っている中で、迅速な患者把握のために、ウイルス学的検査の有用性は高いと思われる。本事業で実施したウイルス学的検査については検査結果と個々の症例における免疫学的な検査成績やその他の所見を加味した総合的な解析検討が必要であり、また検体採取、保存、搬送等の方法や人員、予算等検討課題は少なくないが、今後はさらに関係者間の情報共有化を図り、効果的かつ効率的な実施に向け検討を進めていきたい。

石川県保健環境センター 倉本早苗 尾西 一 大矢英紀 芹川俊彦
石川県健康推進課 菊地修一
石川県医師会 近藤邦夫

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