WHO西太平洋地域事務局(WPRO)における麻疹対策

(Vol.28 p 261-262:2007年9月号)

WHO西太平洋地域事務局(WHO Western Pacific Regional Office: WPRO)は、わが国を含め、アジア西太平洋地域の37の加盟国と行政区からなっている。麻疹は、ポリオ、ジフテリア、破傷風、百日咳、結核と並ぶ予防接種拡大計画(Expanded program on immunization: EPI)対象疾患の1つである。加盟国間の差はあるが、1980年に入ってから麻疹予防接種率は増加し、1990年頃からおおむね90%前後、報告患者数は10〜20万人前後で推移している。しかし、サーベイランスが何処においても厳密に行われているとは限らず、WPROは2002年の推定患者数670万人、同じく死亡数3万人としている。

2000年、WPROは地域におけるポリオ根絶(polio eradication)を宣言し、その根絶状況を監視し続けている中、2003年のWPRO地域委員会総会においてWPRO地域からの麻疹の排除(elimination)を目標とすること、そして2005年の同総会において排除達成の目標年を2012年とすることを決議した。この決議には、最終的に日本と中国が賛成したことが大きく影響を与えた。

これらの決議は、加盟国に対して国家麻疹排除計画を作成ないし強化し、既存の国家ワクチン接種事業の強化、および感染症サーベイランスなどの公衆衛生活動や保健医療事業の強化を併せて行うことを勧告している。

麻疹排除の定義と判断基準
麻疹の排除(elimination)とは、2003年10月に行われたWHO/CDC/UNICEFによる麻疹専門家会議においての合意が定義として用いられる。そこには「広大な面積と十分な人口を有する地理的領域において、麻疹ウイルスの常在的伝播が起こり得ず、また輸入症例により麻疹ウイルスが再度持ち込まれても持続的伝播が起こり得ないような状態で、弧発例および連鎖的に伝播する症例はすべて輸入症例に関連づけられ、それを維持するために地域はワクチン接種による高いレベルの人工免疫を維持することが不可欠な動的な状態」とある。

この会議での提議、合意事項などを踏まえて、WPROでは以下のような麻疹排除のための判断基準を2004年に提案している。

確定麻疹症例数:1年間に報告される確定麻疹症例数が人口100万人当たり1未満であること(輸入症例を除く)。

集団免疫:すべての地区(district)の各年齢コホートにおいて、麻疹に対する集団免疫が95%以上に維持されていることが、以下の指標により証明されていること。
 a)麻疹を含むワクチンによる2回の予防接種率が95%以上であること
 b)輸入症例による集団発生が小規模なものであること(症例数100未満、持続期間3カ月未満)

サーベイランス:すべての発熱発疹症例およびウイルス伝播の連鎖を、包括的に報告し調査することのできる優れたサーベイランスが存在しているということが、以下の指標により証明されること。
 a)80%以上の地区において、1年間に報告される麻疹疑い症例が人口10万当たり1以上であること
 b)麻疹IgM抗体を検出するのに十分な血清サンプルが80%以上の麻疹疑い例から採取されていること(実験室診断による確定例と疫学的リンクの明らかな症例はこの百分率の分母の中には含まない)
 c)(ウイルスの由来の同定に役立つ遺伝子配列解析のため)すべての確認された感染伝播の連鎖からウイルスが分離されていること

麻疹排除のための基本戦略
1.集団免疫とワクチン接種戦略
各年齢コホートにおいて、麻疹に対する集団免疫が95%以上に維持されていることが必要である。そのためには、
 1)すべての新生児コホートに対して集団免疫率を95%にすること
 2)その他の年齢コホートの中で集団免疫率の不十分な集団に対してはその不足分を補正すること
が必要である。そして麻疹排除を設定した後に産まれたすべての新生児コホートに対して、少なくとも2回の定期麻疹ワクチン接種の機会を与え、免疫率が95%以下の集団に対しては将来起こり得るアウトブレイクを予防するために補足的ワクチン接種活動(supplementary immunization activities: SIAs)を行う。

2.サーベイランスと実験室診断
麻疹の発生数が排除のレベルにまで低下してきた時には、すべての麻疹疑い症例に対して、年齢・性・ワクチン接種歴・居住場所・旅行歴・発疹発生日・転帰などのデータが全国レベルで集計できるシステムが確立され、機能している必要がある(case-based measles surveillance)。

排除レベルでのcase-based measles surveillance では、確定診断のために血清麻疹IgM 抗体の検出、ウイルスの分離同定などの実験室診断が必要となる。

わが国では2006年6月よりMRの2回接種がスタートしており、2008年度より中学1年、高校3年年齢を対象とした補足的麻疹ワクチン接種、全数報告による麻疹サーベイランスの強化が、国レベルにおける麻疹排除計画として行われようとしている。

 参考資料
Field Guidelines for Measles Elimination, WPRO, 2004
佐藤芳邦, 他, 小児科 48(3): 263-273, 2007

国立感染症研究所感染症情報センター 岡部信彦

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