近年、ウイルス性胃腸炎の集団発生は増加傾向にあり、食中毒では非カキ関連の事例や、施設内における人→人感染による事例が増大している。これらの事例は、ノロウイルス(NV)感染による発生が大半を占めており、食中毒事例の多くが食品の二次汚染によって生じた集団発生と推定される。事例ごとの、現場における感染経路の究明と発生要因の特定は、その後の感染拡大の防止あるいは発生予防を図る上で、極めて重要であると思われる。また、集団発生の背景には、地域内の散発性胃腸炎の流行があり、流行ウイルスの関与が大きな発生要因となっている。今回、愛媛県内で発生したウイルス性食中毒事例のウイルス検索の結果、患者糞便と併せて調理従事者糞便、一部の食品およびふきとり調査検体からNVを検出した事例について、感染経路の究明および発生要因の推測のため、検出ウイルスの遺伝子解析を行った。また県内の散発性胃腸炎からの検出ウイルスと、食中毒事例の原因ウイルスとの関連性を検討した。
ウイルス検索は、電子顕微鏡とPCRを併用し、NVの検出にはリアルタイムPCR1)を用いた。NV陽性例は、ダイレクトシークエンスで構造蛋白領域の塩基配列を決定し、遺伝子型別を行った2)。一部のNVのシークエンスは、国立感染症研究所の西尾博士、木村博士に依頼して行った。糞便材料は、2004年1月〜2006年12月の間の、散発性胃腸炎患者1,396名、胃腸炎集団発生の患者563名の便を用いた。
愛媛県内で、調査期間中に発生した食中毒事例数を表1に示した。全国の発生状況と同様の傾向で、NVによる発生が急増し、2006年には全事例数20のうち半数の10事例がNVを原因とするものであった。18事例のうち、カキ関連の食中毒は2004年に飲食店で発生の1事例のみで、発生施設は飲食店8、旅館・ホテル等4、福祉施設、学生寮、家庭での発生が各2事例であった。これらのうち、調理従事者便からもノロウイルスが検出された11事例を表2に示した。規模の大きかったのは事例4、6、10、11で、それぞれ74人、 100人、63人、246人の発症者がでた。調理従事者の中で、発症者が確認されたのは事例3、4、9、11の4事例(表2の括弧内はその人数)で、残り7事例ではいずれも症状を示さない不顕性感染者のみであった。また、調理従事者便から検出されたNVの量は、患者便からのNV量に比較してほとんどの事例で大差はなく、非発症者であっても患者と同等量のウイルスを排泄していた。事例1においては、非発症の調理従事者A、B、Cの3名についてNVの追跡調査を実施した。A(初回NV量 2.0×103copies/g)は、7日経過後の便からはNVは検出されなかった。しかしB(1.6×109copies/g)、C(3.0×109copies/g)では9日経過後にもそれぞれ 4.2×105copies/g、 7.6×104copies/gのNVが検出され、不顕性感染者も患者と同様に、大量のウイルスを一定期間排泄していることが確認された。調理従事者が高率にNVを保有している事例が多い理由として、食中毒発生の原因食品を賄い食として喫食したか否かは不明確で、人→人あるいは施設などを介しての感染も考えられた。特に事例9および事例11においては、ふきとり調査でそれぞれの従事者専用トイレの手洗いカラン、取っ手、便器からNVが検出されており、施設を介して調理従事者間に感染が拡大したことが推察された。事例1および事例11では、原因食と想定された食品(付け合せ野菜、マカロニサラダ、卵とじ、スパゲッティ、切干煮物、もやし和え物)からNVが検出され、それらのNV量は 6.3×10〜1.1×104copies/gの範囲(平均 3.5×103copies/g)であり、ヒトに感染を起こすのに充分なウイルス量の汚染が認められた。11事例から検出されたNVの遺伝子解析により患者、調理従事者、食品、ふきとり検体からのNVの塩基配列は、それぞれ事例ごとに相互に高い相同性を示し、食中毒発生における調理従事者の関与が推察された。
散発性胃腸炎からは、3年間にNVが397例検出され、GIとGIIの比率はおよそ1:9であった。食中毒発生と同時期の散発例から得られたNVには、食中毒事例のNVの塩基配列と100%一致または、非常に高い相同性を示すウイルスが存在し、集団発生との密接な関連性が示唆された。
2006年に、県内の食中毒事例および散発性胃腸炎から検出されたNVの遺伝子型は、その大部分がGII/4型であり、これらはさらに3つのサブグループに解析されたが、集団例・散発例双方のNVともに、一部を除いてほとんどが、欧米で流行しているGII/4 2006変異株3)と類似のウイルスであったと考えられた。このウイルスが地域内の散発性胃腸炎の大流行や、相次ぐ集団発生の要因となった可能性が大きいと思われた。
食中毒事例の原因食品は、2003年以降非カキ関連の食品が多くを占めるようになり、原因食品の特定が難しく原因不明事例が増えている。また、ヒト由来NVによる食品の二次汚染の事例では、感染者数が多く大規模な事件になる傾向が強い。これらの原因究明や感染拡大の防止のために、食品中など少量のウイルスを感度良く検出できる検査法の開発が待たれる。
参考文献
1)Kageyama T et al ., J Clin Microbiol 41: 1548-1557, 2003
2)片山和彦, IDWR 6(11): 14-19,2004
3)CDC, MMWR 56(33): 842-846, 2007
愛媛県立衛生環境研究所
近藤玲子 市川高子 大塚有加 大瀬戸光明 井上博雄
西条保健所 山下育孝
食肉衛生検査センター 豊嶋千俊
国立感染症研究所 秋山美穂 木村博一 西尾 治