経口感染するウイルスによって感染を受けた患者の多くは急性胃腸炎を発症するが、その臨床症状の多くは一過性で軽快、治癒する場合が多い。しかし、糞便中へのウイルス排出期間や排出量に関する報告は多くない。胃腸炎は短期間で治癒し、下痢便も固形になるため、便中にはウイルスは排出されていない、あるいは便は安全であると思われがちである。Cuthbertらは1)A型肝炎ウイルス感染後の糞便への排出期間を検討し、検査成績は4〜6週間で正常化するのに対して、糞便へのA型肝炎ウイルス排出はRT-PCR法で3〜11カ月後でも検出されることを報告している。
ウイルスの増殖部位の違いはみられるものの、経口感染をおこすノロウイルスについても同様のことが考えられる。できるだけ長期にわたって得られた発症後の糞便検体について、便中ノロウイルス遺伝子をリアルタイムPCR法で定量測定した2)。
材料:以下の感染事例について検討した。
1)院内集団感染事例:某病院小児科病棟(入院患者32名、スタッフ40名)で発生したノロウイルスの集団感染事例から嘔吐、下痢などの胃腸炎症状を呈した入院患児8名および発症者と同じ病室の患児12名、胃腸炎症状のあったスタッフ9名、合計29名から得られた105便検体を検査材料とした。これらの検体は病初期から、最長211日まで定期的に採便しノロウイルス遺伝子検出を行った。
2)保育所集団感染事例:0歳児〜5歳児までの市内保育所(入所児288名)で発生したノロウイルス集団感染事例のうち、有症児21名、職員2名、入所児の保護者1名から得られた合計24名の便40検体を検査材料とした。この事例も病初期の採便から3週間にわたって続けられた。
3)病院外来での散発発生患児例:某病院小児科外来受診の散発性の感染性胃腸炎患児から、可能な限り長期の採便が試みられた。得られたノロウイルス陽性患児4名の便13検体を用いた。
方法:得られた糞便は常法に従って10%懸濁液を作製し、遠心の後その上清をRNA抽出用検体、および一部をNV抗原検出ELISAキットSRSV(II)-AD「生研」(デンカ生研)に用いた。ノロウイルスの判定は、上記のELISA法の判定のみならずRT-PCR法によるノロウイルス遺伝子の検出、さらに、リアルタイムPCR法(使用機器:ABI PRISM 7900HT)による定量検査を行った。
結果:以下の3感染事例を成人、小児に2分類し、ノロウイルス排出期間、排出量について比較・検討した(図1、図2)。成人では、発症後4〜7日の採便が初期検体である。入院児は発症とともに速やかに採便ができ、初期検体は発症時のものが多かった。遺伝子型による排出期間、排出量の差異の有無についても検討した。
1)院内集団感染事例:胃腸炎症状を呈した発症患児8名全員、不顕性感染者1名、看護スタッフ9名中4名がノロウイルス陽性で、遺伝子型は全症例GII/4型であった。有症期間は、患児では平均9.7日、スタッフでは平均2.5日であった(p<0.05)。陽性のスタッフ4名は臨床症状が消失した後も便中にウイルス遺伝子が検出され、病後24日までに4名全員が陰性となった。一方、発症患児のほとんどは1カ月以上、最長174日後でもウイルス遺伝子が検出され、192日目ではじめて陰性となった。ウイルス量をみると、最長期間陽性であった患児は、初期検体で108copies/g-stool、63日後および91日後で106copies/g-stool、174日後では103copies/g-stoolものウイルス遺伝子が検出された。
2)保育所集団感染事例:有症児21名中18名、職員2名中2名、入所児の保護者1名からGII/3型が検出された。3週間後においても、有症児では10名中7名、職員では2名中1名、入所児の保護者1名から遺伝子が検出された。ウイルス量は初期の検体で、105〜109copies/g-stool(平均108copies/g-stool)、病後3週間目で103〜107copies/g-stool(平均106copies/g-stool)であった。
3)病院外来での散発発生患児例:散発事例の4名の遺伝子型は、それぞれがGII/3、GII/4、GII/2、およびGII/8型であった。4例とも発症後12日以上にわたりノロウイルス遺伝子が検出され、そのうちの2名は1カ月以上でも検出された。初期のウイルス量が1010copies/g-stoolであった1例からは、最も長期間にわたりウイルス遺伝子が検出され、56日後でも105copies/g-stoolの遺伝子量であった。
考察:充分に追跡調査できた院内集団感染事例から、有症期間は患児が平均9.5日と有意に長かった。ノロウイルス排出期間も成人が約3週間であるのに対し、患児では1カ月以上、長い症例では6カ月間も陽性であった。こられの患児は、先天性心奇形を伴ったダウン症候群、完全大血管転位、ファロー四徴などの基礎疾患を有し、免疫能低下が考えられた。ノロウイルス排出が長期にわたっていたのは、このような背景によるのかもしれない。遺伝子型で排出量、排出期間に差は見られなかった。
Rockxら3)は、22日後でも患児の糞便の約3割からノロウイルス遺伝子が検出されたと報告している。杉枝ら4)は無症状の調理従事者では13〜15日の間にわたってノロウイルス遺伝子が104〜107コピーも検出されたと報告している。健康成人においても1カ月以上ノロウイルス遺伝子が検出された症例もあり、小児、成人ともにノロウイルスの長期排出要因の特定は困難である。
ノロウイルスは強い感染力を有し、10〜100個のウイルス粒子でも感染が成立するとされている5)。症状が消失しても長期間にわたり排出されているウイルスは、新たな感染源となり得る可能性が高い。
今回のノロウイルス排出期間の長期追跡調査の結果は、ノロウイルス感染後の調理従事者などの食品取扱者が職場復帰する際の判定基準や、食品汚染による感染予防対策を考える上で有用である。2006/07シーズンにおけるノロウイルス感染事例では、調理従事者によって汚染された食材からの集団食中毒事例が多く報告されている6)。本情報が感染源対策の最も基本的な予防指針の一助となれば幸いである。
参考文献
1)Cuthbert JA, Clin Microbiol Rev 14: 38-58, 2001
2)三好龍也, 他, 食品衛生研究 56: 9-15, 2006
3)Rockx B, et al ., Clin Infect Dis 35: 246-253, 2002
4)杉枝正明, 他, 臨床とウイルス 32: 189-194, 2004
5)CDC, MMWR 50 (RR09): 1-18, 2001
6)厚生労働科学研究:食品の安心・安全確保推進研究事業「ウイルス性食中毒の予防に関する研究」平成18年度報告書(主任研究者・武田直和)
堺市衛生研究所 田中智之 三好龍也 内野清子 吉田永祥
大阪府立急性期・総合医療センター 田尻 仁
大阪府立母子保健総合医療センター 萱谷 太 位田 忍