汚水処理施設におけるノロウイルスの消長−岩手県

(Vol.28 p 289-290:2007年10月号)

はじめに:ノロウイルス(以下NV)の感染者から糞便中に排出された大量のウイルスは、下水処理で十分に処理できない場合に河川に放流され、海域に達し、最終的にカキ等の二枚貝に蓄積されると考えられている。岩手県の下水道普及率は46.6%と、全国平均69.3%(平成17年度末)よりも低く、糞便処理は下水道や浄化槽の他、汲み取りによるし尿処理施設で行われている。それらのNV除去効果は、処理施設や処理方法によっても異なることが予想されるが、その実態はわかっていない。このような背景の下、カキの養殖を行っている閉鎖湾周辺の3箇所の汚水処理施設におけるNVの消長と、その海域で養殖されたマガキと海水のNV検出状況について調査した。

材料:2005年11月〜2007年3月の秋期から冬期の計7回、以下の検体を採取した。カキを養殖しているA閉鎖湾周辺の公共下水道処理施設(以下下水道)、漁業集落排水処理施設(以下漁集施設)における処理前の流入水と処理後放流水を検液とした。し尿処理施設(以下し尿施設)においては、処理工程ごとのNVの消長を確認するために、処理前し尿、一次処理水(嫌気好気反応槽後の脱離液、遠心分離の分離液)、二次処理水(凝集沈殿処理水および砂ろ過処理水)、放流水を検査材料とした。また、A湾内で養殖しているマガキ(10〜15個)およびカキ棚周辺定点2箇所の海水(各10l)を検査材料とした。

方法:し尿施設の処理前のし尿および一次処理水は、遠心上清を試料とした。その他の汚水検体は、フィルターで捕集後グリシン緩衝液(pH 11.5)で溶出し、超遠心を行い濃縮検体とした。マガキは中腸線を摘出し、個別にPEG法で濃縮した。各濃縮検体のRNAを抽出し、ランダムプライマーを用いてcDNAを合成した。すべての検体についてNVのnested-PCR(1st PCR:COG1F/G1-SKR、COG2F/G2-SKR、nested-PCR:G1-SKF/G1-SKR、G2-SKF/G2-SKR)を行った。増幅産物が確認された検体は、景山らの方法によるリアルタイムPCR法で1st PCR産物の確認を行った。NV陽性検体は、リアルタイムPCR法を用いて、濃縮検体のNVコピー数を測定した。

結果:汚水処理施設、海水、マガキのNV検出状況を(表1)に、汚水処理施設の流入水、し尿、放流水のNV濃度を(表2)に示した。

1)3施設のNV検出状況とNV濃度:(1)下水道流入水では、7回のうち4回(2005年11月、2006年1月、12月、2007年1月)が定量可能であり、そのNV濃度は101〜102コピー/mlだった。下水道放流水では、nested PCR法で2回(2006年1月、2月)陽性だったが、そのNV濃度はいずれも定量限界未満であった。(2)漁集施設の流入水は7回すべてでNV陽性であり、そのうち5回が定量可能で、NV濃度は101〜103コピー/mlだった。漁集施設放流水では、nested PCR法で、7回のうち1回(2006年2月)のみ陽性であり、そのNV濃度は12コピー/mlであった。(3)し尿施設の処理前のし尿では、102〜105コピー/mlが検出され、下水道および漁集施設の流入水と比較して高濃度であった。しかし、その放流水からNVは全く検出されなかった。し尿施設の処理工程では、一次処理水(脱離液、分離液)の段階でほぼNVは検出されず、凝集沈殿処理後の二次処理水以降ではNVが検出されることはなかった。

2)マガキの検査結果:2005年11月〜2006年9月には検出されなかったが、2006年12月に10個中1個(GI)、2007年1月に10個中8個(GI:6個、GII:6個)からNVが検出された。

3)海水の検査結果:海水はすべてNV陰性であった。

考察:カキ養殖海域A湾の汚染源となる可能性のある3箇所の汚水処理施設のいずれにおいても、流入してきたNVは、ほぼ除去されている状況にあった。特にし尿施設においては、処理前に102〜105コピー/mlあったNVも、その処理工程でほぼ完全に除去されていた。3箇所の汚水処理施設の放流水中には、NVはほとんど検出されない濃度になっていたにもかかわらず、2007年1月に採取したカキからは高率にNVが検出された。今後は、浄化槽や生活排水も含めた放流水が放流先水域に与える影響について、NVによる胃腸炎の流行状況との関連と併せ、カキのNV蓄積・濃縮による汚染要因を広く調べていく必要性がある。

岩手県環境保健研究センター
高橋朱実 松舘宏樹 高橋雅輝 岩渕香織 藤井伸一郎 蛇口哲夫

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