ノロウイルス複製系における最近の知見

(Vol.28 p 293-294:2007年10月号)

はじめに:Norovirusは世界中に広く分布し、現在も先進諸国から発展途上国まで万人に平等に感染し、年間数十万人〜数百万人に及ぶ非細菌性急性胃腸炎患者を発生させ続けている。ここ数年、ノロウイルス感染による患者数は増加しており、大きな社会問題となっている。

ノロウイルスは、カリシウイルス科に属するウイルスで、直径約38nmの外套膜を持たない非常に小型の球形ウイルスである。粒子中には、全長約7.6kbの1本鎖(+)RNAがゲノムとしてパッケージされており、このゲノム上に非構造蛋白をコードするORF1、構造蛋白VP1をコードするORF2、構造蛋白VP2をコードするORF3が存在する。ノロウイルスには、Genogroup I 〜 Vまで(GI〜GV)5つのGenogroupが存在している。これらのうち、ヒトに感染するのはGI、GII、GIVの3つのGenogroupである。GIとGIIはそれぞれさらに16種類以上の遺伝子型が存在することが知られている。GIIIはウシから発見されたノロウイルス、GVはマウスから発見されたノロウイルスである。これら動物から発見されたノロウイルスは、ヒトには感染しない。

ノロウイルスは、発見からすでに30年以上が経過したが、依然としてヒトに感染するノロウイルスを培養細胞で増やすことができない。さらには、ヒトの感染モデルとなるヒト以外の感受性動物も存在しない。そのため、ウイルスの感染機構、複製機構など基礎的な研究が遅れており、効果的なウイルス消毒薬、治療薬などの開発が難航している。

2003年にマウスの脳から発見されたノロウイルスは、マウスの培養細胞で増殖させることができる。また、マウスへの再感染も可能であることから、ヒトに感染するノロウイルスのモデルとなることが期待されている。

ヒトに感染するノロウイルス複製系構築への取り組み:近年報告されたノロウイルスの増殖系に関する新知見は、ヒトに感染するノロウイルス(NV)に関するものと、マウスに感染するマウスノロウイルス(MNV)とに大別できる。

我々および米国ベイラー医大のグループは、NVのゲノム全長cDNAをT7 RNA polymerase promoter下流にクローニングしたプラスミドを構築し、T7 RNA polymeraseを発現する組換えワクチニアウイルスを用いた発現システムにより、哺乳類細胞内でのNVの複製を試みた。ノロウイルスゲノムにコードされる非構造蛋白は効率よく発現され、推定上の6つの部品が細胞内に確認されることが明らかになった。しかし、本システムでは、ごく微量の構造蛋白が発現するのみで、ゲノム全長cDNAのみから感染性ウイルス粒子を作出することはできなかった。そこで、構造蛋白をコードする領域をT7 RNA polymerase promoter下流にサブクローニングし、これを構造蛋白発現のためのヘルパーとして上記システムに供給したが、依然として、効率よくウイルス粒子を作出することはできなかった。

cDNAを用いたリバースジェネティックスが難航する中、米国のタレーン医科大学のグループは、Intestine 407の立体培養により、NVの増殖に取り組み、NVの感染性のアッセイシステムを構築した。彼らはNVの感染を免疫染色法によって確認し、ウイルスの持続的(3日間)感染をRT-PCRによって示した。さらに、NV感染により細胞傷害が引き起こされることを報告した。この報告により、NVの培養細胞での増殖に明るい未来が訪れたかに見えたが、このシステムも細胞の培養上清へのウイルス放出量が少なく、NVの増殖、複製を十分にモニターできるレベルに至っていない。

一方、米国オハイオ大学のグループはNVをブタに投与し、腸管への感染が成立することを報告した。さらに感染の成立したブタは、下痢を伴う症状を呈することから、NVが下痢を引き起こすメカニズムの解明に期待が寄せられている。

2007年9月に入り、ベイラー医大のグループ(著者を含む)は、NV感染患者から精製した感染性ウイルス粒子にパッケージされているgenome RNAをヒト由来培養細胞内に導入すると、自己複製およびウイルス粒子産生能力があることを示した。さらに現在ウイルスレセプターの候補として注目されている糖鎖抗原を細胞に発現させても、ウイルス感染細胞の増加は認められず、ウイルス産生量にも変化がないことから、ウイルスの細胞内部への侵入と、核酸の放出までのステップの解明にウイルス増殖系構築の鍵があることが示唆された。

さらに、現在著者らは、哺乳類細胞内部で効率よく機能するプロモーターEF-1αを用いて、ノロウイルスの新しいリバースジェネティックスの開発に成功し、報告をまとめている。

マウスノロウイルスに関する取り組み:一方で、マウスの株化細胞での増殖が可能なマウスノロウイルス(MNV)は、Genogroup Vに分別されるノロウイルスの一種であり、マウスの細胞(RAW264.7 cell)で増殖させることができる。

英国のインペリアル大学のグループは、MNVの全長ゲノムcDNAをT7 RNAプロモーター下流にクローニングし、T7 RNA polymeraseを発現する組換えワクチニアウイルスを用いたリバースジェネティックスシステムの構築を試みた。このシステムは、米国ベイラー大学や我々がNVに用いた既報の方法と同様だが、さらに弱毒化を進めたワクチニアウイルスを用いていることに特徴がある。また、MNVが培養細胞で増殖できることを利用し、このシステムから産出されたウイルスの感染性を、プラークアッセイを用いて証明したところが新しい。しかし、我々の報告と同様、MNVの場合も、全長ゲノムcDNAからは構造蛋白が供給できず、感染性ウイルス粒子産生には、ゲノム全長cDNAコンストラクトと構造蛋白供給用コンストラクトをコトランスフェクションする必要があった。彼らは、我々と同様、ワクチニアウイルス蛋白がNVの構造蛋白発現に負の影響を与えていると考察し、ヘルパーウイルスを必要としないリバースジェネティックスシステムの必要性を示唆した。

次に、英国のサザンプトン医科大学のグループは、ワクチニアウイルスを必要としないMNVのリバースジェネティックスシステムを報告した。彼らは哺乳類細胞内で働くpol IIプロモーター下流にMNV全長ゲノムcDNAをクローニングし、HEpG2細胞内でMNVのゲノム全長cDNAを発現させた。このシステムでは、全長ゲノムcDNAを細胞に導入するだけで、感染性のウイルスを作出できることが示された。以上のように、培養細胞で増殖させることのできるMNVは、粒子の感染性の検証が容易であるため、NVに先行してリバースジェネティックスシステムの構築が報告された。しかし、MNVの病原性はNVと異なっていること、特殊なマウスにしか感染しないことなどから、NVのモデルとなりうるか否かは定かではない。

これらのNV、MNVの報告は、NVの培養細胞や動物を利用した増殖システムの開発に大きな進歩をもたらすと期待されており、今後の進捗が大いに期待される。

国立感染症研究所ウイルス第二部 片山和彦

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