2007(平成19)年5月、横浜市内の中学3年生が修学旅行後に嘔気、下痢を主徴とする急性胃腸炎症状を示す集団発生がみられた。宿泊先の調理従事者を介したサポウイルス(SV)による食中毒が疑われた本事例の概要と検査結果を報告する。
概要:5月11日に中学校長から福祉保健センターへ電話があり、「5月8日〜10日まで京都および奈良への修学旅行に参加した中学3年の生徒123名と引率教諭11名の計134名のうち、嘔吐、発熱などを訴えて35名が欠席している」という内容であった。3年生は4クラスに分かれていたが、患者発生状況からはクラス単位での偏りがなく、また図1に示す患者発生推移から単一曝露と推定された。修学旅行に参加していない3年生の生徒5名は発症しておらず、普段生徒と接していないカメラマンが胃腸炎症状を呈していることから、修学旅行中での単一曝露による感染症あるいは食中毒が疑われた。
修学旅行は2泊3日であり、2泊とも京都市内の宿泊施設(ホテルS)を利用した。共通の食事は、ホテルSでの朝夕2回ずつと10日の昼食(レストランA)であった。患者発生は5月9日午後4時から始まり、5月11日の午前をピークとして14日午前8時まで続いていた。胃腸炎症状を呈した患者65名(発症率48%)の徴候および症状を表1に示す。
検査結果:胃腸炎症状を呈した患者34名、ホテルSの調理従事者4名とレストランAの調理従事者5名から採取した糞便を検査材料とした。食中毒菌およびノロウイルスGI、GIIについて検査を行ったところ陰性であったため、SVについてChanらの設計したTaqMan MGBプローブを用いてリアルタイムRT-PCR法により検査を行ったところ、患者便34検体中32検体からSV遺伝子が検出された。陽性となった32検体について、岡田らの方法を用いて遺伝子型別PCRを行ったところ、すべてSV genogroup IV型であった。患者便とは別に検査を行った調理従事者便9検体中の1検体(ホテルS)からも上記のリアルタイムRT-PCR法によりSV遺伝子が検出された。SV陽性となった患者便5検体とホテルSの調理従事者便1検体について、岡田らの設計したプライマーSV-F11/SV-R1およびSV-F22/SV-R2による増幅産物のダイレクトシークエンシングを行った。その結果、患者便5検体とホテルSの調理従事者便1検体の塩基配列は構造蛋白領域338bpにおいて100%一致していた。さらに、本事例で検出されたSV株は、相同性検索の結果、本事例の後に大阪府より登録された株(Sapovirus Hu/Osaka/19-098/2007/JP他2株)と100%一致しており、関西地方でのSV genogroup IV型の流行が推察された(図2)。
まとめ:今回の集団胃腸炎事例では、患者発生状況から、修学旅行中の単一曝露による感染症あるいは食中毒が疑われ、患者34名中32名からSV遺伝子が検出されたこと、さらにホテルSの調理従事者1名から共通のSV遺伝子が検出されたことから、ホテルSの提供した食事を原因とする食中毒であると考えられた。京都市下京保健所は調理従事者を介した食中毒と断定し、ホテルSに5月23日から3日間の営業停止を命じた。SVは、嘔吐下痢症の起因ウイルスの一つで、主に乳幼児で流行を起こすことが知られているが、ノロウイルスと同様に大規模な集団食中毒の原因になりうることが判明し、今後の食中毒の原因調査では、一つの要因として考慮する必要があると思われる。
参考文献
Chan MC, et al ., J Virol Methods 134: 146-153, 2006
横浜市衛生研究所 宇宿秀三 熊崎真琴 野口有三
京都市衛生公害研究所 八木雅代 改田千恵 木上喜博