Capnocytophaga canimorsus が分離された、敗血症・多臓器不全で搬送され救命し得たイヌ咬傷の1例

(Vol.28 p 299-300:2007年10月号)

2006年11月、東京女子医大東医療センター救命救急センターに、多臓器不全の診断で75歳の女性が搬送された。ペットの犬に手首を咬まれた2日後に呼吸困難で近医を受診しており、イヌ咬傷に起因する敗血症と診断し、集中治療を行った。経過良好で、第14病日に軽快退院となったが、血液培養より、Capnocytophaga canimorsus が分離された。犬や猫の口腔内常在菌であるが、本邦における敗血症の報告例は稀である。

症例:75歳、女性。
主訴:呼吸困難。
既往歴・家族歴:特記なし。
現病歴:2006年11月2日飼い犬に左手首を咬まれるが、自分で消毒し放置。11月4日呼吸困難が出現し、近医を受診。意識は清明であったが、動脈血ガス検査にて、PO2 56mmHg、PCO2 31mmHgと低酸素血症を認める。血液検査にて、白血球 18,000/μl、CRP 5.04mg/dlと高値。血小板 1.5万/μlと著明に減少。さらにBUN 59mg/dl、Crt 2.43mg/dlと腎機能障害を認める。以上より、敗血症の疑い、DIC(播種性血管内凝固症候群)、多臓器不全の診断にて、集中治療を目的に当センターに転送。

搬送時現症:意識レベルI-1、血圧94mmHg 触診、脈拍98/分、呼吸数24/分、体温39.0℃、O2SAT測定不能、全身にチアノーゼ著明、左手首に2カ所のイヌの歯型と発赤・腫脹あり。

搬送時検査成績:(表1)。

臨床経過図1):呼吸苦が顕著であったため、鎮静し人工呼吸器管理とし、第1病日エンドトキシン吸着・持続血液濾過透析を施行し、抗菌薬 (IPM/CS 1g、CLDM 1,200mg)・ガンマグロブリン・FOY・AT-III製剤投与による治療を開始した。第3病日CRP 31mg/dlまで増悪したが、以後は改善傾向となり、血小板も20単位×2日間の血小板輸血後、第4病日より増加傾向となった。以後順調に経過し、第6病日 人工呼吸器より離脱。第14病日CRP 3.7mg/dlまで低下したため抗菌薬は中止とし、同日退院とした。入院中、動脈血液培養よりグラム陰性桿菌が検出されたが同定に至らず、国立感染症研究所に依頼した。国立感染症研究所において、イヌ咬傷原因菌の1つであるCapnocytophaga 属菌の16S rRNA遺伝子特異的PCRを実施した結果、C. canimorsus 特異的遺伝子が検出された。また、併せて実施した生化学的性状検査もC. canimorsus の性状を示していた。以上のことから、本症例の原因菌はC. canimorsus と判明した。

考察C. canimorsus はイヌの口腔内常在菌であるが、イヌ咬傷後の敗血症の原因菌として欧米では死亡例も多数報告される1)。本邦での報告は稀で、文献検索では、いずれも敗血症を合併し死亡した、ペットの猫に咬まれ受傷した95歳の女性2)と、同じくペットの猫に引っ掻かれ受傷した63歳の男性3)の2例のみであったが、菊池らは『本邦では血液培養の頻度が少なく、本菌による敗血症が見逃されている可能性が高い』と指摘している2)。また、欧米の報告では、高齢者・易感染者(糖尿病・アルコール中毒・脾臓摘出術後など)に重症例が多い1,4)。本症例の危険因子は‘75歳の年齢’だけであったが、集中治療が遅れれば不幸な転帰となったことは十分に想像し得る。既往に特記のない健常者で、管理された飼い犬・猫であっても、咬傷・掻傷の際は早期に医療機関を受診するよう注意するべきで、医療側からの啓発も重要である。抗菌薬の選択については、一般に犬・猫による咬・掻傷では、起炎菌として黄色ブドウ球菌・連鎖球菌・Pasteurella 属・種々の嫌気性菌が想定され、Amoxicillin-clavulanateまたはClindamycin + ST合剤の内服が第一選択となる。入院治療では、Amopicillin-sulbactamまたはClindamycin + Ciprofloxacin hydrochlorideが選択される5)。C. canimorsus はPCG(ペニシリンG)が第一選択であるが6)、上記の抗菌薬にも感受性を示し、本症例で使用したImipenem, Clindamycinもほぼ妥当であったと考える。

結語:本邦では非常に稀であるC. canimorsus による敗血症・多臓器不全の症例を経験した。犬・猫の口腔内常在菌であるが、敗血症の原因菌となる場合もあり、ペットによる咬傷・掻傷の際は、軽症であっても医療機関を受診し、適切な局所の消毒・抗菌薬投与を受けるべきである。同時に医療側もより広い啓発への自覚が必要である。示唆に富む貴重な症例と考え報告した。

 参考文献
1)Janda JM, et al ., Emerg Inf Dis 12(2): 340-342, 2006
2)菊池一美, 日本臨床微生物学雑誌 15(1): 9-14, 2005
3)川端邦裕,日本内科学会雑誌 94: Suppl 263, 2005
4)Lion C, Eur J Epidemiol 12: 521-533, 1996
5)笹壁弘嗣, 外科 67(1): 70-75, 2005
6)遠藤重厚, Medical Postgraduates 42(2): 21-28, 2004

東京女子医科大学東医療センター
 救命救急センター 高橋春樹 中川隆雄
 小児科・感染対策室 鈴木葉子
国立感染症研究所
 獣医科学部 鈴木道雄 今岡浩一
 感染症情報センター 多田有希

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