2006/07シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析

(Vol. 28 p. 313-320: 2007年11月号)

1.流行の概要
2006/07シーズンの流行の始まりは例年より1カ月以上遅く、患者発生数のピークは第11週目にみられた。流行規模も例年よりやや小さく、全国のサーベイランスネットワークから4,836株のウイルスが分離された。流行の主流はAH3亜型とB型で、それぞれ全分離数の47%、41%を占め、AH1亜型は12%であった。

A/H1N1ウイルスは小さいながらも2004/05シーズン以降3シーズン続けての流行となり、沖縄県では6月以降もA/H1N1ウイルスによる患者の発生がみられた。流行株はワクチン株A/New Caledonia/20/99類似株から抗原変異したA/Solomon Islands/3/2006類似株が主流になりつつある傾向がみられた。

流行の主流を占めたA/H3N2ウイルスでは、流行の初めよりワクチン株A/Hiroshima (広島)/52/2005から抗原性の変化した株が分離され、シーズン後半には抗原変異株が大半を占めた。

前シーズンは流行が小さかったB型は、2シーズンぶりにA/H3N2亜型に次ぐ大きな流行となった。分離株のほとんどは前シーズンに引き続きVictoria系統で、抗原性も前シーズンと同様にワクチン株B/Malaysia/2506/2004類似株であった。一方、諸外国ではVictoria系統株と山形系統株の混合流行がみられた。

2.ウイルス抗原解析
2006/07シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原解析用抗体キット[A/New Caledonia/20/99 (H1N1)、A/Hiroshima(広島)/52/2005 (H3N2)、B/Shanghai(上海)/361/2002(山形系統)、B/Malaysia/2506/2004(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型別同定および抗原解析が行われた。感染研ではこれらの成績をもとにして、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5%に相当)および非流行期の分離株や大きな抗原変化を示す分離株について、A/H1N1ウイルスに対しては6〜8種類、A/H3N2ウイルス5〜8種類、B型ウイルス7〜8種類のフェレット参照抗血清を用いて詳細な抗原解析を行った。

1)A/H1N1ウイルス:2006/07シーズンにはAH1 亜型ウイルスは全国で576株分離された。感染研で解析した分離株の半数以上はワクチン株であるA/New Caledonia/20/99と抗原性が類似していたが、A/Solomon Islands/3/2006、A/Fukushima (福島)/141/2006 やA/Fukushima (福島)/97/2006に代表される抗原変異株も多くみられ(表1)、シーズン後半には変異株が主流を占めるようになった(図1)。これら変異株のほとんどはHA蛋白の抗原領域Bにあたる140番目のアミノ酸がグルタミン酸(K140E)へ置換していた。

諸外国においては、南アフリカ、アメリカ合衆国、メキシコ、ロシア、オーストラリアなどでA/H1N1ウイルスの大きな流行がみられた。分離株は依然A/New Caledonia/20/99類似株が多数を占めてはいたが、3月以降は変異株であるA/Solomon Islands/3/2006類似株が分離株の50%以上を占めるようになった。すなわち、流行の主流はA/New Caledonia/20/99類似株からA/Solomon Islands/3/2006類似株へ移行する傾向がみられた。一方、2001/02シーズンに出現した遺伝子再集合体であるA/H1N2ウイルスは世界中のどの地域からも分離されなかった。

2)A/H3N2ウイルス:2006/07シーズンにはAH3亜型ウイルスは全国で2,285株分離された。感染研で解析した240株の約4割はワクチン株であるA/Hiroshima(広島)/52/2005およびA/Wisconsin/67/2005に対するフェレット感染血清とよく反応したが、残りの6割はそれらの抗血清からHI試験で4倍以上の違いを示した(表2)。流行株の抗原変異の程度はシーズン後半にはさらに顕著となり、HI試験で8倍以上の違いを示す株が58%を占めた(図2)。すなわち、当該シーズン分離株の大半はA/Hiroshima (広島)/52/2005およびA/Wisconsin/67/2005ワクチン株から抗原性が変化していることが示唆された。

諸外国では、多くの国でA/H3N2亜型が流行の主流であった。2006/07シーズンの初めにはA/Wisconsin/67/2005類似株が34%〜50%を占めていたが、3月以降のシーズン後半にはA/Brisbane/10/2007株で代表される抗原変異株が大半を占めた。

3)B型ウイルス:B型インフルエンザウイルスには、B/Yamagata(山形)/16/88に代表される山形系統とB/Victoria/2/87に代表されるVictoria系統がある。前シーズンに引き続いて2006/07シーズンの分離株(1,987株)のほとんどはVictoria系統で、山形系統株は全国で10株程度分離されたのみであった。感染研で解析した分離株のほとんどはワクチン株B/Malaysia/2506/2004類似株であるB/Hiroshima(広島)/1/2005に対するフェレット感染血清とよく反応し、ワクチン類似株と判断された(図3表3)。一方、少数ながら分離された山形系統株は2005/06シーズンワクチン株B/Shanghai(上海)/361/2002から抗原性がややずれてきており、それらは最近の同系統の代表株のひとつであるB/Florida/7/2004抗血清ともあまり反応しなかった(表3)。

諸外国においては、2月まではVictoria系統株が分離株全体の82%を占めていたが、徐々に山形系統株も増え続け、両系統の混合流行がみられた地域が多かった。特に南半球諸国ではVictoria系統株が60%を占め、B型ウイルスの流行はVictoria系統から山形系統へ移行している傾向がみられた。

Victoria系統分離株の大半はワクチン株B/Malaysia/2506/2004類似株であった。一方、山形系統分離株の多くは2005/06シーズンのワクチン株B/Shanghai(上海)/361/2002およびB/Jiangsu (江蘇)/10/2003株から抗原性が変化したB/Florida/4/2006株またはB/Brisbane/3/2007株で代表される株が大半を占めた。

3.ウイルス遺伝子解析
1)A/H1N1ウイルス:HA遺伝子の系統樹解析では、H1N1株はY252Fのアミノ酸置換をもつ一群(クレード1)とA/Solomon Islands/3/2006株に代表されるT82K、Y94H、R145K、R208K、T266Nの置換をもつ一群(クレード2)に大別された。2006/07シーズンの国内分離株は、A/Chiba (千葉)/48/2007を除いてすべてクレード2に属した(図4)。クレード2内では、さらに幾つかのサブクレードに分かれ、国内分離株の多くはR188KまたはR188M、T193Kをもつ群に属していた。抗原変異株に多くみられたK140Eのアミノ酸置換をもつ分離株はクレード2に散見された。一方、NA遺伝子の系統樹は省略するが、NA遺伝子もHA遺伝子と同様で、クレード1とクレード2に分類され、最近の分離株のほとんどは後者に属していた。

2)A/H3N2ウイルス:最近の流行株の大半は、ワクチン株A/Hiroshima (広島)/52/2005およびA/Wisconsin/67/2005が入る群とは異なる分枝を形成し、A/Brisbane/10/2007株に代表される一群(図5の系統樹の上部)とR142GをもちA/Nepal/921/2006株、A/Henan(河南省)Jinshui/147/2007株に代表される一群(図5の系統樹の中央)に大別された。2006/07シーズンの国内分離株は、これら両群に入ったが、後者群のA/Henan(河南省)Jinshui/147/2007株が入るN144Dアミノ酸置換をもつ一群に入るものが多かった。抗原変異株は両分枝にわたって散在していた。

一方、諸外国では北半球の流行期にはA/Nepal/921/2006株群(図5の系統樹の中央)に入る株が多数を占めていたが、南半球での流行が大きくなるに従ってA/Brisbane/10/2007株群(図5の系統樹の上部)に入るものが分離株の大多数を占めるようになった。NA遺伝子についてもHA遺伝子と同様の傾向が見られた(図は省略)。

3)B型ウイルス:B型ウイルスは前述したように山形系統とVictoria系統に大別される。Victoria系統株のHA遺伝子の系統樹は前シーズンからは大きな変化は見られず、ワクチン株B/Malaysia/2506/2004が入る一群(K48E、K80R、K129N)に分離株の大半が含まれた(図6)。一方、山形系統株のほとんどは、V251Mをもつ一群に入り、これには最近の代表株B/Florida/4/2006株またはB/Brisbane/3/2007株が含まれていた(図7)。2002/03シーズンに多く見られた両系統間のHA・NA遺伝子交雑ウイルスは、2006/07シーズンの分離株中には見られなかった。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研と感染研ウイルス第3部第1室(インフルエンザウイルス室)との共同研究として行われた。また、インフルエンザウイルスの遺伝子解析は「インフルエンザウイルス遺伝子の大量解析に関する事業」として独立行政法人製品評価技術基盤機構と感染研ウイルス第3部第1室との共同研究として行われた。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既に感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原体検出情報システムで各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

国立感染症研究所ウイルス第3部第1室・WHOインフルエンザ協力センター
独立行政法人製品評価技術基盤機構

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