平成19年度(2007/08シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(Vol. 28 p. 320-322: 2007年11月号)

わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)が検討し、これに基づいて厚生労働省が決定・通達している。感染研では、全国76カ所の地方衛生研究所と感染研、厚生労働省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた流行状況、および約 5,000株に及ぶ分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績などに基づいて次年度シーズンの予備的流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択する。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討する。年が明けた1月下旬からは、数回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする検討委員会が開催され、上記の前シーズンの成績、およびその年のインフルエンザシーズンにおける最新の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行う。さらにWHO により2月中旬に出される北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、3月末までに次シーズンのワクチン株を選定する。感染研はこれを厚生労働省健康局長に報告し、それに基づいて厚生労働省医薬食品局長が決定して5〜6月に公布している。

平成19年度(2007/08シーズン)に向けたインフルエンザワクチン株は、
  A/ソロモン諸島/3/2006 (H1N1)
  A/広島/52/2005 (H3N2)
  B/マレーシア/2506/2004
であり、以下にその選定経過を述べる。

1.A/ソロモン諸島/3/2006 (H1N1)
わが国でのA/H1N1亜型ウイルスの流行規模は小さく、現時点で576株が分離され、全分離株の12%を占める程度であった。地方衛生研究所および感染研で抗原解析と遺伝子解析を行った結果、分離株の71%は前年度のワクチン株A/ニューカレドニア/20/99に類似していた。しかし、赤血球凝集抑制(HI)試験でワクチン株から4倍以上の抗原性の違いを示す変異株も増えており、これら変異株の赤血球凝集素(HA)蛋白には140Eという特徴的なアミノ酸置換が見られた。変異株群の代表株としては、A/ソロモン諸島/3/2006やA/福島/141/2006が挙げられ、これらに対するフェレット抗血清は、最近の流行株の70%に対してHI試験で同程度の抗体価を示した。このことから、A/H1N1の流行はワクチン株A/ニューカレドニア/20/99からA/ソロモン諸島/3/2006類似株へと変化しており、次シーズンは後者類似株による流行が主流となることが予想された。

一方、HA遺伝子解析においても、最近の流行株はワクチン株から離れたA/ソロモン諸島/3/2006 で代表される一群に集約しており、遺伝的にもワクチン株から離れてきていることが示された。

米国、ロシア、南アフリカなどA/H1N1亜型の流行が大きかった地域も報告されている。これらの地域においてもわが国と同様の傾向が見られ、A/ニューカレドニア/20/99様ウイルスによる流行が依然主流ではあるが、A/ソロモン諸島/3/2006様ウイルスによる流行が大きな割合を占めつつある。

A/ニューカレドニア/20/99株ワクチン接種後のヒト血清抗体のA/ソロモン諸島/3/2006やA/福島/141/2006株に対する交叉反応性は高くない。また、感染症流行予測調査事業による抗体保有状況調査において、A/ニューカレドニア/20/99に対して感染防御の指標となるHI価1:40以上の抗体保有率は年々高くなってはきているが、5〜24歳が50〜75%と高いのに対して、35歳以上の年齢層においては20〜35%程度にとどまっている。さらにこれらの抗体は、A/ソロモン諸島/3/2006やA/福島/141/2006株に対する交叉反応性は高くない。これらの成績から、今後流行の主流がA/ソロモン諸島/3/2006様ウイルスになった場合は、現在よりワクチンによる防御効果が下がる可能性が示唆された。

以上の経緯から、WHOでは2007/08シーズンのワクチン株として、A/ソロモン諸島/3/2006類似株を推奨した。一方、国内ワクチン製造所においてA/ソロモン諸島/3/2006株について、増殖性、継代後の抗原性の安定性などについて検討した結果、ワクチン製造株として採用可能であることが示された。

以上のことから、2007/08シーズンのA/H1N1亜型ウイルスワクチン株として、A/ソロモン諸島/3/2006を選定した。

2.A/広島/52/2005 (H3N2)
今シーズンのA/H3N2亜型の流行ウイルスは、WHOのワクチン推奨株A/ウイスコンシン/67/2005およびわが国のワクチン株A/広島/52/2005類似株は4割程度であった。しかし、流行株の主流を占めた抗原変異株の変異の程度は小さく、変異株の70%はHI試験で4倍以内の抗原性の変化にとどまっていた。一方、HI試験で8倍以上の違いを示す変異株も増加する傾向が認められ、3月以降はそれらが主流を占める可能性が予想された。諸外国においてもわが国と同様の傾向が見られ、流行株の抗原性はワクチン株から離れてきていることが示された。さらに、HA遺伝子解析からは、流行株の大半は、ワクチン株とは異なる142Gアミノ酸置換を含むA/ネパール/921/2006 株で代表される群と、A/ブリスベーン/9/2006やA/仙台H/F131/2006などで代表される2群に分かれ、ワクチン株A/ウイスコンシン/67/2005やA/広島/52/2005が入る群とは明らかに異なる遺伝子群を形成していた。

流行の主流を占めた変異株の中から次期ワクチン候補株として期待されたA/広島/33/2006およびA/仙台H/F131/2006株を孵化鶏卵で再分離し、それらで作製したフェレット抗血清で最近の流行株との反応性を検討した。その結果、これらの抗血清の反応性は低く、わが国のワクチン株A/広島/52/2005フェレット抗血清の反応性を超えるほど優れたものではなかった。従って、候補株A/広島/33/2006およびA/仙台H/F131/2006株はワクチン株としての有用性は低いと判断された。一方、海外においても同様で、孵化鶏卵分離株A/ネパール/921/2006に対して作製したフェレット抗血清は、ワクチン株A/ウイスコンシン/67/2005株に対する抗血清に比べて、最近の流行株に対してわずかに広い反応性を示すものの、次期ワクチン候補株として選択できるほど優れたものではなかった。さらに、マイクロ中和法を用いて成人および老人血清に対するA/ネパール/921/2006および最近の参照株A/カナダ/1212/2006との反応性を調べたところ、ワクチン株A/ウイスコンシン/67/2005と比べて大きな違いは見られなかった。このことから、A/ウイスコンシン/67/2005またはA/広島/52/2005ワクチンによって誘導される抗体は、最近の流行株をまだカバーできる可能性が示された。

国内外における最近のH3N2亜型流行株の抗原解析、遺伝子解析において上記のように変異株が増加し、次シーズンはそれらが主流になることは国内外のワクチン株選定関係者の一致した見解である。しかし、例年に比べて流行が1カ月以上遅れたことと、流行規模が小さかったことから、世界的にウイルス分離株数が少なく、最近の流行株群から次期ワクチン候補株となる適当な孵化鶏卵分離株がワクチン株選定の期限までに世界中のどこからも見つからなかった。また、その後も有力な候補株の検索と抗原解析が続けられたが、現行のワクチン株A/ウイスコンシン/67/2005またはわが国のワクチン株A/広島/52/2005を超える有力株は見つからなかった。

以上のことから、WHOはH3N2流行株の多くはワクチン株から抗原的にも遺伝的にも変化してきていることを認識しているが、適当なワクチン候補株が見つからない現状、および現在のワクチン株でもある程度の交叉防御が期待できることから、2007/08シーズン用にA/ウイスコンシン/67/2005類似株(製造株としてはA/ウイスコンシン/67/2005およびA/広島/52/2005)が推奨された。

わが国のワクチン株A/広島/52/2005に対する抗体保有調査の結果、最も抗体保有率の高い年齢層である5〜29歳でも抗体保有率は30〜50%程度にとどまっており、それ以上の年齢層では20〜30%と低い。さらに、過去6年のワクチン株に対する抗体保有状況を比べると、A/広島/52/2005ワクチン株による抗体保有率が最も低く、当該ワクチン株によるさらなる免疫の必要性が示唆された。

以上のことから、2007/08シーズンのA/H3N2亜型ワクチン株としてA/広島/52/2005を選定した。

3.B/マレーシア/2506/2004
国内における2006/07シーズンでは、B型インフルエンザの流行は相対的に大きく、H3N2亜型と同程度であった。B型ウイルスは1980年代後半から抗原的にも遺伝系統的にも異なる2つのグループに分岐している。今シーズンの流行株は、昨シーズンと同様に、大半はB/ビクトリア/2/87で代表されるビクトリア系統に属し、別系統の山形系統に属する株は全国で10株程度であった。

国内分離株の抗原解析の結果、ビクトリア系統株のほぼ100%はワクチン株B/マレーシア/2506/2004と抗原的に類似していた。また、3月以降においてもその傾向は変わらなかった。

遺伝子解析から、分離株の大半はB/マレーシア/2506/2004に代表される特徴的なアミノ酸置換48E、80R、129Nをもつ群に集積され、前シーズンから大きな変化は見られなかった。

一方、諸外国でも2月末までは、ビクトリア系統株が主流を占め、山形系統株との分離比率は82:12であった。海外で分離されたビクトリア系統株は抗原的、遺伝的にもわが国の分離株と同様で、ワクチン株B/マレーシア/2506/2004と類似していた。一方、山形系統分離株は、過去のワクチン株B/上海/361/2002から変化したB/フロリダ/4/2006類似株であった。このことから、諸外国では山形系統株も増えてきているものの、世界的にはB/マレーシア/2506/2004類似株がいまだに主流であることから、WHO は2007/08シーズンのワクチン株としてB/マレーシア/2506/2004類似株を推薦した。

抗体保有状況調査をビクトリア系統のB/マレーシア/2506/2004株で実施したところ、抗体保有率が最も高い30〜34歳でも35%程度にとどまっており、全年齢層にわたって抗体保有率は低かった。さらに、ビクトリア系統ワクチン株に対する抗体保有率は、過去6シーズンとも継続して低く、本系統株による免疫補強が強く推奨された。一方、わが国において2006/07シーズンは山形系統株による流行はみられず、2シーズン前のワクチン株B/上海/361/2002に対する抗体保有率は、0〜4歳および50歳以上の高齢者では15〜30%と低かったが、それ以外の5〜49歳では40〜80%と高い抗体保有状況であり、もし次シーズンに山形系統株による流行があったとしても、ある程度対応可能と推測された。

以上のことから、2007/08シーズンのB型ワクチンにはビクトリア系統であるB/マレーシア/2506/2004を選定した。

国立感染症研究所ウイルス第3部・WHOインフルエンザ協力センター
小田切孝人 田代眞人

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