はじめに
エンテロウイルス71(EV71)は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属するエンベロープを持たない直径約28〜30nmの1本鎖RNAウイルスで、コクサッキーウイルスA16(CA16)やコクサッキーウイルスA10(CA10)とともに、手足口病の原因ウイルスとして主に知られている。しかし、近年、マレーシア(1997年)、台湾(1998年)、オーストラリア(1999年)などのアジア太平洋地域において、死亡例を含む中枢神経症状合併の流行例が報告され、EV71の中枢神経感染症としての重要性が認識され始めた。わが国でも2000年に西日本を中心とする多数の地域から同様の報告が相次ぎ、同年に流行した手足口病の原因ウイルスであるEV71の中枢神経親和性が高かったことが推察された。
兵庫県加古川市東部では、2000年夏に手足口病の経過中に無菌性髄膜炎や小脳失調などの中枢神経合併症を認める例が多発し、ポリオ様麻痺を残した例と脳幹脳炎による死亡例を認めた。以下に臨床的検討およびウイルス学的検討につき概説する。
対象および方法
対象は2000年6月〜8月の間に、手足口病に中枢神経症状を伴い神鋼加古川病院小児科に入院となった28例。無菌性髄膜炎のみを合併した15例を軽症例とし、無呼吸発作、小脳失調、Myoclonic jerks、弛緩性麻痺、脳幹脳炎のいずれかを伴った13例を重症例として比較検討を行った。
ウイルス診断は、血清診断として三菱化学にてEV71、CA16、CA10各NT抗体価を測定し、便からのウイルス分離、便および髄液を用いたRT-PCR法によるウイルスゲノム診断を兵庫県衛生研究所にて行った。
結 果
症例の概要は、男女比1:1で性差なし、年齢は1カ月〜8歳(平均3.8歳、中央値3.5歳)、有熱期間は2日〜6日(平均4.0日、中央値4日)、入院日数は2日〜17日(平均6.6日、中央値6.5日)であった。転帰は、全治が26例、後遺症(ポリオ様麻痺残存)1例、死亡1例であった。
以下に死亡例の経過を簡単に記す。
症例は2歳10カ月の女児で、入院2日前より、発熱と同時に後頸部痛が出現し立位不能となった。翌日に発疹が出現し、嘔気や振戦を認め座位不能となり入院となった。入院当日の午後3時頃は意識清明であったが夜間に嘔吐を認め、翌日午前0時半に急に顔面蒼白でチアノーゼ著明となり意識レベルが低下した。胸部レントゲン上は肺水腫像を認めた。血圧は正常であった。人工呼吸器管理を開始したが午前2時にけいれんが出現し、午前2時半からは心電図モニター上、心室頻拍から心室細動を来たし午前5時に永眠した。死後に撮影した頭部MR上、T2強調画像にて脳幹背側および第4脳室周囲に高信号領域を認めた。
表1にウイルス学的診断を示す。EV71と確定診断された症例は合計20例(71%)であった。ポリオ様麻痺の後遺症例および脳幹脳炎による死亡例はともに便からのEV71分離により診断された。
重症群と軽症群の2群間で性差、月齢、家族内感染の有無など各種因子につき比較を行った。結果は表2に示すように、月齢において有意差を認めた。また、表には示さなかったが、年齢を3歳未満と3歳以上に分けて比較検討したところ、重症例の割合は、3歳未満で10例/13例、3歳以上で3例/15例と、有意に3歳未満に重症例が多かった(P < 0.01)。発疹出現から中枢神経症状発現までの日数や有熱期間で2群間に有意差を認めた。
考 察
本来、軽症疾患である手足口病だが、原因ウイルスによっては中枢神経合併症を生じる。そこで、臨床の現場でまず注意すべきことは、毎年の流行状況を把握することである。最近は2000年以降、3年ごとにEV71の流行年が出現している。流行が予測される年においてはさらなる注意が必要となる。
次に臨床的に重要なことは重症例を早期に発見することである。今回の検討により、重症例の特徴として以下の点が挙げられた。
1.3歳未満の低年齢層に多い。
2.発熱が遷延する(3日以上)。
3.発疹出現とほぼ同時に中枢神経症状を呈する。
4.髄液細胞の多核球比率が高い(平均60%)。
5.夜間睡眠中に多く見られるミオクローヌス様の四肢の素早い動き(Myoclonic jerks)を認める。
画像診断では、最重症例である脳幹脳炎に伴う肺水腫を早期に発見するために胸部XP、胸部CTが重要である。また、脳幹脳炎などの中枢神経病変の描出には頭部MRが有用である。
ウイルス学的診断のためには検体の採取が必要である。急性期および回復期の髄液と血清、急性期の便(2日連続)と咽頭ぬぐい液、尿を−80℃で保存することが重要である。
治療は、重症例の早期発見により呼吸循環管理を徹底し、急性期の左心機能低下や神経原性肺水腫を乗り切ることが重要である。具体的には、強心利尿剤の投与および人工換気、機械的循環補助である。根本治療として、免疫グロブリン製剤、ステロイドホルモン、抗ウイルス剤などが使用されているが、確実に効果の証明されたものはない。
参 考
1)吉田茂、他、日本小児科学会雑誌 107(3): 473-479, 2003
2)塩見正司、他、小児内科 36(7): 1191-1195, 2004
3)吉田茂、他、 IASR 21(9): 195, 2000
4)藤本嗣人、他、 IASR 22(6): 144, 2001
名古屋大学医学部附属病院医療経営管理部 吉田 茂
国立感染症研究所感染症情報センター 藤本嗣人(元兵庫県立健康環境科学研究センター)