急性脳炎・脳症と関連する細菌感染症

(Vol. 28 p. 344-344: 2007年12月号)

細菌性の急性脳炎あるいは脳症は、中枢神経系症状を呈する細菌感染症の重篤な合併症である。ウイルス性のものに比べると、報告数は非常に少ない。

細菌性脳炎は、細菌性の髄膜炎、呼吸器感染などと関連して発生することが多い。細菌性髄膜炎の主要な原因菌は、髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae )およびインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae type b)であるが、時にはB群レンサ球菌、大腸菌、リステリア(Listeria monocytogenes )などが新生児髄膜炎の起炎菌となる。髄膜炎の診断は主に髄液中からの原因菌の分離等の検査結果に基づいているが、脳組織そのものからの病原体分離は一般的には行わないので、上記細菌が細菌性脳炎の原因であるとの証拠をつかむのは困難であり、脳炎の真の事例数は不明である。細菌性の急性脳炎を合併するものとしては、マイコプラズマ、レプトスピラおよびリケッチア感染、結核などで報告がある。

脳症は、感染性物質(細菌、ウイルス、もしくはプリオン)、代謝機能不全、脳腫瘍、毒物への長時間の曝露(溶媒、薬、アルコール、塗料、工業化合物、金属など)、放射能、栄養失調、脳の酸素欠乏もしくは血流不足など、様々な原因によっておこる。感染症に起因する脳症には多くのウイルス性および細菌性感染症が関連する。しかしながら、細菌感染からの脳症の発症機序についてはほとんどわかっていない。また、脳炎と同様、細菌性の脳症についても真の事例数および傾向の把握は困難である。

脳症との関連がよく知られているものの一つに百日咳がある。百日咳は、Bordetella pertussis が原因菌であるが、痙咳期では発作的な痙攣性の咳(咳嗽)を特徴とする急性呼吸器症状を呈す。戦後間もないころはわが国でも患者が約15万人いた。ワクチン接種によって患者数は激減したが、最近また小さな流行が報告され出している。アメリカにおける患者数は日本同様ワクチン接種により激減したものの、現在、年間約5,000〜7,000例が報告されており、これは1980年代から漸増傾向にある。重篤な合併症として気管支肺炎および急性脳症がある。特に乳児では無呼吸発作、チアノーゼあるいは脳症を合併する。重症例のほとんどはワクチン接種を受けていない人か、ワクチン接種を受けられない新生児である。

腸管出血性大腸菌感染症においても急性脳症を合併する場合がある。腸管出血性大腸菌感染症は食品由来感染症の一つであり、通常、激しい腹痛および下痢、さらには血便を起こす。1997年以後毎年4,000名近い感染例が報告されている。有症者の約1割に溶血性尿毒症症候群または脳症などの合併症が発生するとされているが、わが国でのこうした合併症の発生率はこれより低く、15歳以下で約2%である。

ネコひっかき病の原因菌であるBartonella henselae も脳症あるいは脳炎を合併する。ネコひっかき病はアメリカに多く、年間の推定患者数は24,000名にのぼり、小児における慢性リンパ節炎の主要な原因となっている。頻度は低い(0.2〜2%)が中枢神経系に影響を及ぼすことがあり、たいていは痙攣もしくは意識障害を伴った脳症となってあらわれる。

他にも、サルモネラ、赤痢菌、カンピロバクターなどの消化管細菌感染において脳症を合併した例が文献的に報告されている。わが国でもサルモネラ(S . Enteritidis)に感染した後に急性脳症を起こして亡くなった例が2002年(IASR 24: 183-184, 2003)と2006年(感染症発生動向調査)に各1例報告されている。

細菌性の急性脳炎あるいは脳症については、例えば腸管出血性大腸菌感染症の合併症として発生しても、それが急性脳症として報告されないのが現実であろう。そのためこうした合併症の実数は把握されていない。これは他の細菌感染についてもほぼ同様であり、また急性脳炎あるいは脳症の原因菌が同定されない場合もあることを考慮すれば、検査および調査体制の早急な整備が必要であろう。

国立感染症研究所細菌第一部 泉谷秀昌 渡邉治雄

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