急性期に弛緩性麻痺、亜急性期にパーキンソニズムを示した日本脳炎の一例

(Vol. 28 p. 349-350: 2007年12月号)

今回我々は、特徴的な臨床経過を示した日本脳炎の一例を経験したので報告する。

症例は福岡県在住の43歳男性。2007年8月26日頃より頭痛、微熱、嘔気が出現し、徐々に症状増悪したため、8月27日に熱中症が疑われ、近医に入院した。8月28日より39℃台の発熱、項部硬直、ならびに意識障害が出現したため、髄膜脳炎を疑われて、同日当院救急救命センターに搬送された。初診時意識障害(Japan Coma Scale: JCS II-30)、四肢弛緩性麻痺を認め、髄液検査では髄圧上昇(初圧220mmH2O)、色調は微黄色で好中球優位の細胞数増多(580/μl:リンパ球13%、好中球82%、単球5%)、蛋白上昇(89mg/dl)、軽度糖低下(73mg/dl、同時血糖176mg/dl)を認めたため細菌性髄膜炎を疑い、人工呼吸器管理下にて抗菌薬(アンピシリン+セフォタキシム)およびステロイド投与した。第6病日には平熱となり、第11病日には意識障害は改善し、嚥下に問題なく経口摂取(介助下)ができ、車椅子移動の状態にまで改善した。しかし、第19病日目より再び39℃の発熱が出現し、尿路感染症が疑われて抗菌薬を投与し、第24病日には解熱した。しかし、その後、徐々に傾眠傾向となり、開口位のため発語不明瞭で経口摂取も困難となった。また、四肢・体幹の筋固縮も認めるようになり、脳炎後パーキンソニズムと考えられた。経過中の髄液の検査では、明らかな悪化は認められなかった。急性脳炎であり、入院時の脳MRIで両側視床の対称性の異常信号が認められたことから、日本脳炎の可能性が考えられた。本症例の居住地は都心から離れた郊外であり、最も近隣の養豚場までは約1kmと近く、職業は造園業と、蚊に刺咬されやすい環境であった。血清中の日本脳炎ウイルス(HI法)が、1,280倍と高値を認め、髄液IgM抗体も陽性を示し、日本脳炎の確定診断に至った。パーキンソニズムが増悪した時点で、脳MRIを再度施行したが、両側視床のT2強調画像における高信号域は、淡くなっており、他に新たな病変は認めなかった。しかし、日本脳炎ウイルスワクチン接種後、まれに急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が発症することがあり、同様の機序を考えて、ステロイドパルス療法を試したが、明らかな効果を示さなかった。一方で、脳炎後パーキンソニズムに対してL-DOPA内服投与したところ、著明に意識レベルは改善し、開口位や錐体外路徴候も改善した。しかしこのころより、性格変化として、易興奮性、幼児化、あるいは暴力行為等の精神症状が顕在化した。その後、これら症状は徐々に改善しつつある。

日本脳炎ウイルスはFlavivirus科に属し、保有動物であるブタから媒介蚊(主にコガタアカイエカ)を介しヒトに感染する。7〜10日間の潜伏期を経て、髄膜刺激症状・意識障害・精神症状・錐体外路症状等を呈することが多い。診断は単一もしくはペア血清にて抗ウイルス抗体の上昇を確認するのが一般的であり、その他髄液中の抗ウイルス抗体やPCRを用いたウイルス遺伝子の検出も行われている。頭部MRI 検査では視床、脳幹部、小脳等に異常高信号域を認めることが多いが、さらに辺縁系にも異常所見を認める症例もあり、ヘルペス脳炎との鑑別が必要となる。ウイルス感染後の発病率は、報告に幅はあるものの25〜1,000人に1人と概ね低いが、いったん発病すると致死率は約30%と非常に高く、その上生存例のほぼ半数に何らかの重篤な後遺症が残るとされ、予後不良の疾患である。治療は対処療法が中心となる。一方で予防医学上はワクチン接種が高い効果をあげており、本邦では1954年より不活化ワクチン接種を実施して以来患者数は激減し、1990年代以降は年間に数例の発症にとどまっている。

現在では本邦において報告される日本脳炎の患者数が激減し、年間10人以下となっている。しかし、いまだ東南アジア地域での流行があり、旅行者の感染が危惧される。また地球温暖化による間接的な健康への影響として、感染症の増加や地域拡大の可能性が懸念されている。日本脳炎ウイルスの活動は気候との関連があると知られているが、温暖化により日本脳炎媒介蚊の生息域が拡大し、蚊の活動性が高まり、日本脳炎の発生地域拡大によって患者数も増加することが予想される。2004年の日本脳炎ウイルスワクチン接種後のADEMの報告を契機に、2005年に厚生労働省が希望者以外のワクチン接種中止を勧告したが、地球温暖化による影響も考慮し、本例のように日本脳炎の流行地域やウイルスの活動が確実な地域では蚊に刺咬されないような対策と警戒が今後も必要と考える。

福岡大学病院神経内科
井上律郎 田中美紀 津川 潤 坪井義夫 井上展聡 山田達夫

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