感染症法改正で新たに追加された急性脳炎をおこす4類感染症

(Vol. 28 p. 350-351: 2007年12月号)

2006(平成18)年12月8日に公布され、2007(平成19)年6月1日から全面的に施行されている感染症法改正において感染症の分類の見直しが行われ、新たにいくつかの感染症が追加もしくは変更がおこなわれた。具体的にはダニ媒介脳炎、キャサヌル森林病、ベネズエラウマ脳炎、東部ウマ脳炎、西部ウマ脳炎が新たに4類に追加された。ダニ媒介脳炎を除き、これらの感染症はこれまで日本での発生は報告されておらず、診断系や治療法は十分には確立されていないため、それらの整備が急務となっている。本稿においては、感染症法に新たに入ったこれら5つの急性脳炎を引き起こす感染症について概要を紹介する。

1.ダニ媒介脳炎
ダニ媒介脳炎はフラビウイルス科フラビウイルス属に属するダニ媒介脳炎ウイルスにより引き起こされる疾患であり、主なものとして中央ヨーロッパダニ媒介脳炎とロシア春夏脳炎がある。1993年以降、世界で毎年1万人以上が発症している。わが国でも1993年北海道で患者が発生した報告があり、北海道におけるウイルスの存在が確認されている。自然界ではマダニと齧歯類の間で感染環が成立しており、キツネやシカ、コウモリなど多くの哺乳類が感染環に関与していると考えられている。ヒトへの感染は主にマダニの刺咬によるが、感染したヤギやヒツジの生乳からの感染の報告もある。ヒト−ヒト感染の報告はない。

ヒトが感染した場合、中央ヨーロッパダニ媒介脳炎は7〜14日間の潜伏期間ののち、第一期としてインフルエンザ様の発熱・頭痛・筋肉痛が2〜8日間見られる。この第一期は約3分の1の症例で認められない場合がある。さらに1〜20日間(多くは2〜4日)の回復期ののち第二期に移行し、発熱とともに痙攣・眩暈・知覚異常などの脳炎症状を呈する。脳炎、髄膜脳炎あるいは髄膜炎であることもあるが、脊髄炎は伴わない。患者の3〜23%に麻痺症状も認められる。致死率は1〜5%である。回復した場合も、35〜60%に神経学的後遺症が認められる。

一方、ロシア春夏脳炎の場合は7〜14日間の潜伏期間ののち発症するが、中央ヨーロッパ脳炎のような二相性の病状は示さない。前駆症状として頭痛・発熱・悪心・嘔吐・羞明が見られ、極期には精神錯乱・昏睡・痙攣および麻痺などの脳炎症状が出現することもある。致死率は20〜30%、後遺症の頻度は30〜80%と高い。死亡する場合は、発症後1週間であることが多い。また、出血熱を伴う症例も報告されている。

診断法としては、血清中の特異的IgM抗体価の検出、ペア血清における中和抗体価の有意な上昇により行われる。剖検あるいは鼻腔からの脳底穿刺により得られた脳材料中のPCR法によるウイルス遺伝子の検出は確定診断となる。

ダニ媒介脳炎に対する特異的治療法はなく、対症療法のみである。感染の可能性がある場合はγ-グロブリン製剤を投与する。ただし副作用があるため、小児には使用されない。また、わが国では入手は困難である。

2.キャサヌル森林病
キャサヌル森林病はフラビウイルス科フラビウイルス属に属するキャサヌル森林病ウイルスにより引き起こされる疾患である。1957年にインドのマイソールにおいてサルから分離された病原体であるが、感染環は小型齧歯類とダニ(主に、Haemaphysalis spinigera )の間で維持されており、リス、コウモリ、サルなどが感染環に関与していると考えられている。ヒトへの感染はダニの刺咬もしくは感染動物への接触により成立し、ヒト−ヒト間の感染は成立しない。ウシ、ヤギ、ヒツジなども感受性を有するが、ヒトと同様、終末宿主と考えられている。

ヒトが感染した場合は、3〜8日間の潜伏期ののち、発熱、頭痛、重度の筋肉痛、咳、脱水、消化器症状、出血傾向が見られる。また、低血圧、血小板減少、白血球減少、赤血球減少なども観察される。発症後1〜2週間の寛解の後に多くの患者で再発が見られ、その時の症状は発熱から脳炎まで幅広い。インドが主な流行地で年間 400〜 500人が発症し、致死率は3〜5%である。

キャサヌル森林病に対する特異的な治療法はなく、補液などの対症療法が重要となる。実験室診断としては血清中の特異的IgM抗体の検出、ペア血清における中和抗体価の有意な上昇により行われる。また、血液サンプルからのウイルス分離による診断も行われる。

3.ベネズエラウマ脳炎
ベネズエラウマ脳炎はトガウイルス科アルファウイルス属に属するベネズエラウマ脳炎ウイルスにより引き起こされる疾患である。自然界ではイエカと齧歯類の間で感染環が維持されており、ヒトとウマが終末宿主である。ヒトへの感染は感染蚊の刺咬により成立し、実験室内においてはエアロゾルによる感染も報告されている。

ヒトが感染した場合、1〜6日間の潜伏期ののち軽度のインフルエンザ症状、すなわち激しい頭痛、悪寒、発熱、筋肉痛、悪心、嘔吐、眼窩痛を示す。脳炎を発症した場合には、項部硬直、痙攣、麻痺等の脳炎症状が観察される。コロンビア、ベネズエラ等中南米を中心に発生が報告されており、1995年にはベネズエラを中心として10万人以上が感染し、300人程の脳炎患者が発生した。脳炎を発症した場合の致死率は20%前後であり、感染者全体の 0.5〜1%にあたる。特に15歳以下の子供の発症リスクが高い。

実験室診断としては、血液、髄液中のIgM およびウイルス遺伝子の検出、ペア血清における中和抗体価の有意な上昇のいずれかにより行われる。また、リンパ球減少、血小板減少、LDH上昇、AST上昇もみられる。

特異的な治療法はなく、対症療法が中心である。実験従事者に対して不活化ワクチンが使用されているが、一般的には使用されていない。また、ウマに対しては弱毒生ワクチンが使用されている。

4.東部ウマ脳炎
東部ウマ脳炎はトガウイルス科アルファウイルス属に属する東部ウマ脳炎ウイルスにより引き起こされる疾患である。自然界では鳥と蚊(主に、ハボシカ属)の間で感染環が維持されており、ヒトとウマは終末宿主である。ヒトは感染蚊の刺咬により感染が成立する。アメリカではフロリダ州、ジョージア州などで平均年間5例ほどの患者の報告がある。

ヒトが感染した場合は、3〜10日間の潜伏期ののち、発症する。多くは不顕性感染であるが、発症した場合はインフルエンザ様症状のものから脳炎を発症する場合もあり、時に死に至る。脳炎を発症した場合は患者の約35%が死に至る、致死率の高い感染症の一つである。また、回復した患者の約半数で神経学的な後遺症がみられる。

診断法としては、血中および髄液中のIgMの検出、ペア血清における中和抗体価の有意な上昇のいずれかにより実験室内診断が行われている。また、急性期にはPCRによるウイルス遺伝子の検出も行われる。

東部ウマ脳炎に対する特異的な治療法はなく、対症療法が治療の中心である。また、現在ヒトに対するワクチンは実用化されていない。

5.西部ウマ脳炎
西部ウマ脳炎はトガウイルス科アルファウイルス属に属する西部ウマ脳炎ウイルスにより引き起こされる疾患である。自然界では鳥とイエカの間で感染環が維持されており、ヒトやウマは感染蚊の刺咬により感染する。経胎盤感染も成立し、その場合胎児は脳壊死を起こし死に至る。アメリカの中央部から西部にかけて分布しており、1964年以降639例の報告がある。

ヒトが感染した場合、多くは不顕性感染か、5〜10日間の潜伏期ののち軽度のインフルエンザ様症状を呈するのみであるが、乳幼児や老人では脳炎症状を呈する場合が多い。脳炎を発症する場合、突然の発熱、頭痛等の前駆症状を1〜4日間示したのちに発症し、患者の5〜15%が死に至る。回復した場合でも乳幼児の約半数で神経学的後遺症がみられる。

診断法としては、血中もしくは髄液中のIgMの検出、PCR法によるウイルス遺伝子の検出、ペア血清における中和抗体価の有意な上昇のいずれかにより実験室内診断が行われる。

西部ウマ脳炎に対する特異的な治療法はなく、対症療法のみである。また、馬に対してワクチンが使用されているが、ヒトに対する有用なワクチンは実用化されていない。

以上のように、感染症法に新たに入った急性脳炎はダニ媒介脳炎以外、日本での発生の報告はこれまでない。しかしながら、これらの感染症流行地へ渡航する日本人は少なくなく、従って今後感染がおこる可能性は否定できない。今回取り上げた感染症は蚊やダニの刺咬により感染が成立する疾患であり、予防としては媒介動物である蚊やダニへの接触機会を減らすことが重要であるといえる。

国立感染症研究所ウイルス第一部 大松 勉 高崎智彦 倉根一郎

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