レプトスピラ症とは
レプトスピラ症(leptospirosis)は、病原性レプトスピラによって引き起こされる人獣共通感染症である。国内ではワイル病や秋疫(秋やみ)と称されているが、これらを含めレプトスピラによって引き起こされる感染症はレプトスピラ症と総称される。ワイル病は、黄疸、出血、腎不全を伴う重症型レプトスピラ症をいい、秋やみは軽症型レプトスピラ症のひとつである。病原性レプトスピラは、齧歯類を中心とした多くの哺乳動物の腎臓に定着し、尿中へと排出される。ヒトは、この尿との直接的な接触、あるいは尿に汚染された水や土壌との接触により感染する。レプトスピラ症の患者数は近年著しく減少したが、現在でも散発的な発生は全国的に起きており、特に沖縄県では散発、集団発生事例が他の地域に比べて多く報告されている。
世界のレプトスピラ症の現状
レプトスピラ症は全世界的に発生のみられる感染症である(図1)。国際レプトスピラ症学会では、年間30〜50万例のレプトスピラ症が全世界で発生していると推測している1, 2) 。しかしながら、この数は世界の10%程度の国々のサーベイランスから得られたものであり、実際の発生数はもっと多いと考えられている。レプトスピラ症は温帯地域よりも熱帯地域で多くの患者がみられており、特に東南アジアや、中南米などでは深刻な問題となっている3)。これらの地域では、大雨とそれに続く洪水の後に、大規模なレプトスピラ症の発生が起きている(インドやフィリピン、ブラジル、ニカラグアなど)。また、稲作やその他の農業による集団感染は、現在でも熱帯地域では問題となっている。タイでは米の主要な生産地域である北東部を中心に2000年には14,000人を超える患者の報告があり、その後、手袋や長靴の着用の啓発などにより患者数は減少してきているものの、現在でも年間3,000人を超える患者の報告がある(文献4およびDr. Wimolタイ国立衛生研究所私信)。また、国際的な冒険レース(エコチャレンジ2000、ボルネオ島2000年)により集団感染が起こり、日本からの参加者を含め多くの国から発症者が出た(本号8ページおよび文献5)。このほかにも、河川での遊泳や、ジャングルでのトレッキングなどが感染原因となって、東南アジアへの旅行者から輸入例として報告されている(本号1ページ特集表1および本号8ページ)。
保菌動物と感染原因
病原性レプトスピラは、ほとんどすべての哺乳動物に感染することができると考えられており、感染後多くが保菌動物となり、レプトスピラを腎臓に保菌し、尿中に排出する。環境中での自然宿主は齧歯類(ネズミ類)などの野生動物である。表1にこれまで国内でレプトスピラが検出された動物をあげる。ヒトは、この保菌動物の尿で汚染された水や土壌との接触、あるいは尿との直接的な接触により、経皮的あるいは経口的に感染する。したがって、レプトスピラ症の感染原因としては、保菌動物の尿で汚染された環境での労働(農作業や下水道での作業)、動物の尿や血液に直接触れる可能性のある家畜の飼育や、屠殺場施設および食肉処理場での作業などがあげられる。一方、沖縄県での集団発生や東南アジアからの輸入例では、現地の河川での水泳などのレジャーあるいは労働が感染原因となっている(本号10ページ&8ページ)。また、河川や湖でのトライアスロンなどのウォータースポーツによる大規模な集団発生も海外で報告されている(前述)。海外では洪水の後にレプトスピラ症の大発生が起きているが、国内でも2004年愛媛県、2005年宮崎県で、台風とそれに伴う洪水の後にレプトスピラ症患者が発生した。国内においても台風、洪水後のレプトスピラ症の発生に注意する必要がある。
レプトスピラ症は、地方でみられる疾患であると考えられがちであるが、都市でも発生する疾患である。近年、東京都で発生したレプトスピラ症患者は、自宅や職場にネズミが出没し、その糞尿を素手で清掃していたり、ネズミとの接触機会が多いと考えられる下水道での作業を介した感染が考えられている。事実、都内で捕獲したドブネズミからレプトスピラが分離されており、その血清型は患者血清抗体が反応した血清型と同じであった(厚生労働科学研究)。また、名古屋市、大阪市のドブネズミからもレプトスピラは分離されている。これまで患者の届出がない地域で捕獲されたネズミのレプトスピラ保有(北海道、静岡県、長野県、愛知県、三重県、福岡県、厚生労働科学研究)や、レプトスピラに感染したイヌ(静岡県、三重県など)も報告されている(動物衛生研究所http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/fact/kansi.html)。
臨床症状
レプトスピラ症は急性熱性疾患で、感冒様の軽症型から、黄疸、出血、腎不全を伴う重症型まで、その臨床症状は多彩である(表2)。通常5〜14日の潜伏期の後に、38〜40℃の発熱、悪寒、頭痛、筋痛、結膜充血などの初期症状をもって発病する。その後、重症型のワイル病では、5〜8病日目に黄疸、出血などが現れはじめ、第2病週にその症状が強まる。出血は皮下出血、鼻出血から致死率の高い肺出血まで、さまざまな器官や組織で起こる。レプトスピラ症の臨床診断は、特異的な臨床症状のない軽症型では非常に難しい。診断にあたっては、初期症状とともに、レプトスピラの保菌の可能性のある動物や、病原体に汚染された可能性のある水や土壌との接触機会の有無、流行地への旅行などの疫学的情報も重要である。
治 療
重症患者に対する抗菌薬としてはペニシリンがあげられている。より症状の軽い場合の抗菌薬としては、アモキシシリン、アンピシリン、ドキシサイクリン、エリスロマイシンがあげられている6)。国内では小林らの研究により、ストレプトマイシンがレプトスピラに対して殺菌作用が強く、特に早期使用によって著効を示すとされている7)。最近タイで行われた臨床試験により、セフトリアキソン、セフォタキシムが重症のレプトスピラ症患者の治療においてペニシリンと同等の効果があることが明らかになった8, 9) 。また、同試験によりドキシサイクリンも重症患者の治療にペニシリンと同等の効果があることも示された9)。また別の試験では、アジスロマイシンがドキシサイクリンと同等の治療効果があることが示された10) 。
重症患者にみられる脱水、血圧低下、腎不全などに対しては、適切な対症療法を行う必要がある。
予 防
職業上あるいはレジャーにより、レプトスピラに感染している可能性のある動物や、汚染された環境と接触する場合は、尿や血液のエアロゾル、スプラッシュや、汚染された水や土壌との接触を最小限にすることが重要である。そのためにも作業中の防護ゴーグル、手袋、ブーツなどの着用、防水加工が施された包帯などで皮膚の傷を覆うこと、さらに、作業後および遊泳後などには石鹸、温水での手洗い、あるいはシャワーを浴びることが肝要である。
国内ではヒト用に、血清型Australis、Autumnalis、Copenhageni、Hebdomadisの4血清型の不活化全菌体ワクチン「ワイル病秋やみ混合ワクチン」が製造されている。しかし、レプトスピラに対する免疫は血清型に特異的であり、ワクチンに含まれていない血清型の感染に対する予防効果はない。また現時点ではこのワクチンを入手することはできない(再開の予定はある)。また、化学的予防(chemoprophylaxis)として、ドキシサイクリンの効果が報告されている11) 。
参 考
1) WHO, WER 74: 237-242, 1999
2) Hartskeerl RA, Indian J Med Microbiol 24: 309, 2006
3) Bharti AR, et al ., Lancet Infect Dis 3: 757-771, 2003
4)萩原敏且, 感染症 184: 27-31, 2002
5) CDC, MMWR 49: 816-817, 2000
6) WHO, Human leptospirosis: guidance for diagnosis, surveillance and control, Geneva, WHO, 2003
7)小林 讓, 化学療法の領域 8: 680-688, 1992
8) Panaphut T, et al ., Clin Infect Dis 36: 1507-1513, 2003
9) Suputtamongkol Y, et al ., Clin Infect Dis 39: 1417-1424, 2004
10)Phimda K, et al ., Antimicrob Agents Chemother 51: 3259-3263, 2007
11)Takafuji ET, et al ., N Engl J Med 310: 497-500,1984
12)小泉信夫, 渡辺治雄, モダンメディア 52: 299-306, 2006
国立感染症研究所細菌第一部 小泉信夫
国立感染症研究所副所長 渡辺治雄