宮崎県におけるレプトスピラ症の発生とその対応
(Vol. 29 p. 12-13: 2008年1月号)

2006(平成18)年8月〜9月にかけて8例の患者が発生した。宮崎県では、レプトスピラ症が感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律で4類感染症に指定されて以降、2005(平成17)年までに2例しか報告されておらず、このような短期間における患者の多発にあたり、適切な対策を実施するために、共通感染源の有無、広域な地域汚染の可能性の有無等、環境調査も含めた積極的疫学調査が必要となった。このため、国立感染症研究所感染症情報センターおよび実地疫学専門家養成コース(FETP)へ協力依頼を行い、同研究所細菌第一部とも共同で、ヒト症例の疫学調査、感染リスクの推定、野鼠等野生動物のレプトスピラ保有状況およびイヌにおけるレプトスピラ症の発生状況を調査したので報告する。

患者発生の状況
届出のあった8例のうち、7例は県北地域から、1例は県央地域からの報告であった。患者は53歳〜77歳(中央値62.5歳)の男性5名と女性3名で、主な症状として発熱、黄疸、出血傾向、蛋白尿、腎不全、意識障害等がみられ、全例、入院加療を必要とした。

共通の感染機会として、農作業があげられ、特に山や林、川に近い農地における農作業があり、農作業時の手指の損傷等もみられた。また、複数の患者で、素手での野鼠との直接接触、イヌの所有、イノシシとの直接・間接接触、牛の飼育等が行われていた。

全例で顕微鏡下凝集試験(MAT)により血清抗体の有意な上昇が確認された。また、抗体価から、感染したレプトスピラの血清型は、Hebdomadisが5例、Autumnalis、Australis、Poiが各1例と推定された。

調査方法
1.ヒト症例の疫学調査
(1)患者の情報収集:8例の患者とその家族や主治医への聞き取りおよび患者カルテの閲覧により、臨床症状や検査結果について情報を収集した。同時に、同居家族へも体調異常の有無等の聞き取り調査を行った。その他、居住地周辺、農地等の生活環境観察を行った。

(2)積極的症例探索:集団発生の範囲の確認と未報告のレプトスピラ症例を探索する目的で、8例の臨床・検査所見をもとに症例定義を作成し、確定例が確認された地域での症例探索を行った。対象者は、確定例を診察および診断した医療機関に入院している者とした。

(3)症例対照研究:レプトスピラ症の感染源、感染経路、曝露状況、感染リスクを特定するため、症例対照研究を行った。症例群は届出された8例とし、症例群1名に対し目標として6名の対照群を選択した。対照群は、地域の医療機関に入院している者のうち、症例と同一の血清型のレプトスピラに対する血清凝集反応が陰性で、年齢(±5歳もしくは±8歳)および居住地が同じ者とした。また、対照者にはインフォームドコンセントを行った。

(4)過去の発生状況調査:2004(平成16)年〜2006(平成18)年に臨床診断および確定診断した症例の報告を県内すべての医療機関へ依頼した。

2.動物の疫学調査
(1)野生動物におけるレプトスピラ保有状況調査:患者の自宅や農地周辺で野鼠を捕獲し、腎臓からレプトスピラの分離とPCRによるfla B遺伝子の検出を試みた。また、猟友会へ協力依頼を行い、狩猟によって捕獲されたイノシシとシカの腎臓を収集し、これらの腎臓から同様にfla B遺伝子の検出を行った。

(2)愛玩犬および狩猟犬のレプトスピラ症の発生状況調査:獣医師会を通じてアンケート調査を行い、県内全域の開業獣医師に、2004(平成16)年〜2006(平成18)年におけるレプトスピラ症の臨床診断例および確定診断例の報告を依頼した。

調査結果
1.ヒト症例の疫学調査
(1)患者の情報収集:各症例の居住地は広範囲に分布し、共通の行動場所や水の利用は確認されなかった。また、体調異常を訴える同居家族も確認されなかった。

(2)積極的症例探索:症例定義に合致する患者が4名確認されたが、2名は血清抗体が陰性で、残る2名も臨床症状等からレプトスピラ症を否定され、新たな患者は確認されなかった。

(3)症例対照研究:対照群として選択された31名に聞き取り調査を実施し、症例と同じ血清型に対する抗体を保有する者や、条件に合致しなかった者を除き、48歳〜80歳(中央値63歳)の男性16名と女性11名の合計27名を最終的な対照群とした。解析の結果、農地が山に隣接していること、農作業中の水道・井戸以外の水への接触、農作業中の水道・井戸以外の水・土への創傷部の接触、自宅敷地内での野鼠の目撃の4項目が感染リスクとして関連づけられた。また、イノシシとの直接・間接接触は、多くの患者でみられたが、感染リスクとしては関連づけられなかった。

(4)過去の発生状況調査:確定例、疑い例ともに報告はなかった。

2.動物の疫学調査
(1)野生動物におけるレプトスピラ保有状況調査:計57匹の野鼠が捕獲された。患者が感染したと推定される2地区で捕獲された野鼠から、それぞれの地区の患者の推定感染血清型と同じ血清型(HebdomadisおよびAutumnalis)のレプトスピラが分離された。また、各地区の分離株は、それぞれの地区で感染した患者の血清と特異的に反応した。

イノシシ39頭中4頭、シカ52頭中12頭、タヌキ1頭中1頭で、PCRによりレプトスピラの保菌が確認された。

(2)愛玩犬および狩猟犬のレプトスピラ症の発生状況調査:愛玩犬、狩猟犬ともに、県内各地の動物病院からレプトスピラ症の診断報告があり、その数は2004(平成16)年48件、2005(平成17)年48件、2006(平成18)年49件の計145件にも上った。愛玩犬、狩猟犬ともに診断件数はいずれの年も秋に最大となった。

まとめと今後の取り組み
患者の居住地が広範囲に分布し、共通の行動場所や水の利用が無かったこと、感染したと推定されるレプトスピラの血清型が地域によって異なっていたこと、野鼠由来株と症例の血清型が各患者発生地で一致したことなどから、今回の8例の事例は、単一の感染源による広範囲での流行ではなく、それぞれの患者居住地区内での汚染された土壌・水・野鼠を感染源とした散発例であり、感染経路はこれらへの直接接触と考えられた。

また、野生動物や愛玩犬・狩猟犬の調査報告から、動物や生活環境が広い範囲でレプトスピラに汚染されていることが示唆され、今回、患者が発生した地域に限らず、県内全域でヒトへの感染源が存在し、感染する機会が高いことが推定された。

今回の8事例の発生は、県立病院の医師が不明熱患者の検査を国立感染症研究所細菌第一部へ依頼して確定診断したことを発端に、明らかになった。レプトスピラ症は、血清診断や病原体分離あるいは特異的な遺伝子の検出により確定診断されるが、限られた機関でしかこれらの検査を実施できない。このため、一般的には確定診断されないまま治療され、顕在化しないのが現状で、現在のレプトスピラ症の患者数は過小評価されている可能性があると考えられる。

宮崎県では、これら昨年度の調査結果に基づくFETPからの提言を受けて、今年度、感染防止を目的に一般県民、狩猟者、ペット飼育者等に対してパンフレットやホームページ等で啓発を行うとともに、早期発見・早期診断を目的として医療従事者や獣医師を対象に講演会を開催している。また、2007(平成19)年度宮崎県レプトスピラ症対策実施要綱および、2007(平成19)年度宮崎県レプトスピラ症強化サーベイランス実施要領を作成し、症例定義に基づくヒト症例の全数把握を行うとともに、診断確定のための検査支援を実施し、さらに、患者確定後には、積極的疫学調査および推定感染地周辺の野鼠のレプトスピラ保有状況調査を行うこととしている。また、獣医師会の協力を得てレプトスピラ症に感染したイヌの全数把握を行うとともに、開業獣医師に検査定点を設定し、病原体サーベイランス体制を構築した。これらの対策の実施により、ヒト−動物と広い範囲での正確な実態を把握し、早期発見・早期治療を行い蔓延防止に努めていきたいと考えている。

最後に今回の事例発生にあたり、多大な協力を頂いた医療機関、宮崎県医師会、宮崎県獣医師会、宮崎県猟友会に深謝いたします。

宮崎県衛生環境研究所
塩山陽子 山本正悟 井料田一徳 若松英雄
宮崎県福祉保健部健康増進課 高千穂保健所 延岡保健所 日向保健所 宮崎市保健所
国立感染症研究所感染症情報センター
佐藤 弘 中島一敏 大山卓昭 谷口清州 岡部信彦
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)
鈴木智之 高橋亮太
国立感染症研究所細菌第一部 小泉信夫 武藤麻紀

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