急激な経過をたどったレプトスピラ症の1例
(Vol. 29 p. 13-14: 2008年1月号)

症例:59歳、男性。
 ・主訴:意識障害。
 ・既往歴:特になし。
 ・職業歴:農業。
 ・生活歴:喫煙歴なし、アルコール歴なし。
 ・現病歴:2007年9月1日から下痢を認め近医受診し内服薬(整腸剤)を処方された。9月5日まで普段どおり農作業を行っていた。9月6日より黄疸と発熱を認め、倦怠感を伴い乏尿の傾向にあった。同日午前中に近医受診し肝胆道系酵素の上昇を認めた。しかし意識障害の進行が認められ、劇症肝炎の疑いで同日15時当院紹介受診となった。

現症:身長170cm、体重140kg。意識Japan Coma Scale (JCS) III-100、血圧76mmHg(触診)、体温37.2℃、HR 112回/分。眼球結膜充血および黄疸を認める。両肺野coarse crackleを聴取。両下肢浮腫およびチアノーゼを認める。

検査結果:血算WBC 29,170/μl、CPK 2,700IU/l、T.Bil 9.4mg/dl、D.Bil 6.9mg/dl、ALT 48IU/l、AST 144IU/l、Cr 6.00mg/dl、BS 229mg/dl、HbA1C 7.5%、BUN 166mg/dl。

臨床経過:HBs抗原(−)、HCV抗体(−)で黄疸、画像上肝胆道系閉塞の所見を認めず、眼球結膜充血の所見、ビリルビン優位の肝胆道系酵素の上昇、CPK上昇、腎機能障害、また、職業歴として農業に従事していることよりレプトスピラ症による敗血症、腎不全を考慮し、単純血漿交換療法(PE)および血液透析ろ過(CHDF)を開始した。また、急性呼吸促迫症候群(ARDS)の合併を認め、人工呼吸器管理とした。

抗菌薬はメロペネム+ミノサイクリンを使用した。21時15分にPEを開始し、引き続き翌日1時50分よりCHDFに変更した。6時頃血圧60台で推移し、CHDFを中止し昇圧剤を増量したが、8時10分頃HR 140〜150台のwide QRS頻拍(左脚ブロックパターン)が出現し、心室頻拍の可能性が考えられDC200J 計2回施行した。続いて硫酸マグネシウム・ブドウ糖注射液1アンプル、リドカイン50mg静注したが改善なく、8時25分に心停止になり、心肺蘇生を開始したが効果なく、8時56分に永眠された。

考察:国立感染症研究所に血清検体を送り、顕微鏡下凝集試験(MAT)により9月7日の血清でLeptospira interrogans serovar Australis: 640倍、Hebdomadis: 640倍、Kremastos: 2,560倍、L. borgpetersenii serovar Poi: 2,560倍の陽性結果を得た。また、Dipstick法によるIgM抗体測定も陽性だったことから、レプトスピラ感染が確定した。一方、PCRでは9月7日の血清および血漿中にレプトスピラ遺伝子は検出できなかった。

Serovar Australis、Hebdomadisは、国内では「秋やみ」の起因血清型として知られており、症状は比較的軽症であると考えられている。Australisは世界各国で死亡例が散見されており、Hebdomadisによる死亡例も沖縄県やインドで報告されている。一方、Poiはこれまで本州では分離されておらず、Kremastosもウシからの分離報告だけである。また、世界での報告においてもこれら血清型による死亡例は少ない。国内の重症レプトスピラ症の起因血清型報告として知られているCopenhageniとIcterohaemorrhagiaeに対する抗体価は、今回の症例においては認められなかった。レプトスピラ感染の場合、実際に感染した血清型に対する抗体よりも、それ以外の血清型に対する抗体が高くなること(paradoxical反応)がみられるため、血清診断だけでは感染血清型について確定することはできないが、これまで本州で報告のあるAustralisあるいはHebdomadisの可能性が考えられた。

また今回の症例では、基礎疾患に血糖コントロール不良の糖尿病が来院時に認められたこと、両下肢に多数の擦過傷の所見が認められ、家人からの問診上、裸足で農作業を行うことが頻回にあったことが確認された。これらの要因がレプトスピラに曝露する量が多くなり、早期の診断と集約的治療にもかかわらず急激な転帰をたどった原因と考えられた。

聖隷浜松病院腎臓内科 服部耕己 鈴木由美子 小野雅史 磯崎泰介
聖隷浜松病院呼吸器内科 櫻井隆之 冨田和宏 中村秀範
国立感染症研究所細菌第一部 小泉信夫 武藤麻紀

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