2007年 麻しんウイルス分離状況(10月31日までの経過報告)-神戸市
(Vol. 29 p. 17-19: 2008年1月号)

2007年5月上旬より麻しん患者が発生し始めた。5月18日より市内全医療機関の協力を得て全数把握(麻しん疑い患者も含む)が開始され、ウイルス分離のための検体採取も可能な限り実施された。5月以降10月31日までの患者発生報告数は、15歳以上132例、15歳未満52例であり、うち、脳炎発症者1例および妊娠中1例が含まれていた(症例A、B)(表1)。

症例A:男性(26歳、ワクチン未接種)。5月14日発症。大阪市内病院で麻しんと診断される。5月20日神戸市内病院に再度受診。その後脳炎症状を呈し5月23日救急搬送。5月23日採取血液:IgG 34.9、 IgM 18.33、CF 32倍。入院時発疹++、コプリック+、発熱39℃、ウイルス分離(髄液・咽頭ぬぐい液・リンパ球)陰性、RT-PCR陽性(咽頭ぬぐい液陽性、髄液陰性、リンパ球検体不足で未実施)。重度意識障害があり挿管。上下肢麻痺、痙攣重積がひどく人工呼吸器管理(ICU管理)を実施。11月上旬人工呼吸器管理を脱出した。11月30日現在、意識障害が残っているが回復の兆し有り。

症例B:女性(25歳、ワクチン不明、妊娠中罹患)。10月10日麻しん発症、10月19日(妊娠26週)子宮収縮抑制困難のため早産した。出産した児は低体重であったが、特に感染症状は無く順調に経過している。出生後の血液のウイルス分離陰性、10月30日採取の血液の抗麻しんIgG 17.8、IgM <0.80であり、感染が無かったものと推測される。

ウイルス分離状況:検体採取は60例で行われた。採取された検体は末梢血(EDTA採血)55検体、咽頭ぬぐい液50検体で、60例のうち45例(75%)では、末梢血と咽頭ぬぐい液がともに提出された。分離にはB95a細胞を使用した。計29例(15歳以上23例、15歳未満6例)より計40株(末梢血検体より28株、咽頭ぬぐい液検体より12株)の麻しんウイルスを分離した。末梢血と咽頭ぬぐい液ともに提出があった45例では、24例の末梢血検体からウイルスが分離された。この24例のうち、咽頭ぬぐい液検体からも分離されたのは11例、分離できなかったのは13例であった。咽頭ぬぐい液検体でのみウイルス分離が可能であった症例はなく、末梢血リンパ球からの分離効率は咽頭ぬぐい液よりもかなり高かった(表1表2)。

B95a細胞に検体を接種後、多核巨細胞CPEが出現してウイルス分離が確認されるまでに要する時間にはかなりの幅があり、ワクチン接種の有無(主に患者申告による)との関係を調査したところ、ワクチン未接種者(16例)では平均1.0日、ワクチン既接種者(6名)では平均4.0日、ワクチン接種不明者(7例)では平均1.9日であった。ほとんどが1代目で分離陽性となり、2代目で陽性になったのはワクチン既接種者からの末梢血検体1検体のみであった。ワクチン未接種者の検体では、早いものでは10数時間でCPEが観察されたが、一方、ワクチン既接種者からの検体ではCPEの出現は遅く、その広がりもゆっくりで、また継代を行っても増殖しにくかった。

さらにワクチン接種の有無と臨床症状を比較した(表3)。すべての症例で発熱発疹(ワクチン既接種者の1例では顔に発疹がなかった)を有していたが、カタル症状は、未接種者では87.5%に認められたのに対し、既接種者では50%と低く、既接種者の症状は比較的軽かった。これらのことは、ワクチン既接種者体内のウイルス量が少ないことを示唆しており、あるいはウイルス自体が何らかの変異を起こしている可能性も考えられる。

ウイルス分離依頼のあった34例(5月以降8月27日検体採取までの分離陽性17例、陰性17例)において、血漿中の抗麻しんIgG抗体とIgM抗体をEIA法(デンカ生研)で測定した(図1)。血漿中IgM指数の平均値は、ウイルス分離陰性例で0.94±1.60であったのに対し、分離陽性例では3.88±3.05と有意に高かった(t検定)。このことは、医療機関からの麻しん発生の届出(疑いも含む)のうち、分離陰性例の中には実際には麻しんではない症例が多く含まれている可能性があり、臨床症状のみで麻しんであることを診断するには限界があることを示している。

分離された麻しんウイルス4株とRT-PCRで陽性であった脳炎患者(咽頭ぬぐい液)のN遺伝子の塩基配列を決定し、3´末端領域456塩基において遺伝子解析を実施したところ、すべてD5型であった。MVi/kobe.JPN/19.07株では、この領域内で他の3株および脳炎患者の配列とは1箇所の塩基の変異が見られたが、アミノ酸の置換はなく、蛋白としては同じであった。また、今年、国内(大阪府および群馬県)で分離された株との相同性は99〜100%で、同一クラスターを形成した。これらのウイルスは、2000〜2002年に神戸で分離されたD5型の麻しんウイルスと明らかに異なり、MVs/Luton.GBR/6.05(英国)、MVs/Taichung.TWN/45.03株(台湾)およびMVi/Queensland.AU/37.03株(オーストラリア)に近縁であり、この1年程の間に国内で散発的に分離されていたD5型とほぼ同じものと考えられる(図2)。

9月になって神戸市内の高校で麻しんの集団発生がみられた。その後現在に至っても小学校や中学校での発生が続いている。今後も麻しん発生動向の素早い情報収集が重要である。

今年度分離された麻しんウイルスの塩基配列データを提供していただきました堺市衛生研究所・内野清子先生に深く感謝いたします。

神戸市環境保健研究所 秋吉京子 須賀知子
神戸市保健所予防衛生課 衣川広美 楢林成之 奥村更織 塩谷紀代
長浜バイオ大学 伊藤正恵 柴田真理
神戸市立医療センター中央市民病院
小児科 春田恒和 吉田健司 田場隆介 山川 勝
神経内科 川本未知

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