ボツリヌス菌毒素の構造と作用
(Vol. 29 p. 37-38: 2008年2月号)

ボツリヌス菌(Clostridium botulinum )は産生する毒素の抗原性の違いによりA〜G型の7型に分類されている。ほとんどの菌株は1種類の型の毒素を産生するが、食中毒、乳児ボツリヌス症などの検体から例外的に2種類の毒素を産生する菌が分離されている。一部のC. butyricum C. baratii がE型あるいはF型毒素と極めて類似した毒素を産生する。すべての型の毒素は菌体内で分子量約15万の神経毒素と無毒成分の複合体を形成し、菌融解時に放出される。複合体毒素は分子量の違いにより、LL毒素(分子量90万)、L毒素(分子量50万)、M毒素(分子量30万)に分けられる。LL毒素、L毒素の無毒成分は血球凝集活性を持っている。A型菌は3種類(LL、L、M)の毒素、B、C、D型菌は2種類(L、M)の毒素、EおよびF型菌はM毒素、G型菌はL毒素のそれぞれ1種類のみを産生する。各型毒素のヒトの感受性は明らかでないが、実験動物であるマウスに対する毒力は、A、B、D型毒素が最も強く、次いでC、E型で、F、G型が最も低い。複合体毒素は弱アルカリ(pH 7.2以上)条件下で神経毒素と無毒成分に速やかに解離する。無毒成分は神経毒素を胃酸、あるいはペプシンなどの消化酵素から保護する働きがあり、ボツリヌス毒素が経口毒として働く際に重要であると考えられている。LL、L毒素のもつ無毒成分はM毒素の無毒成分に4種類のサブコンポーネントにより構成される血球凝集素が結合している。

神経毒素は菌体内で1本鎖ポリペプチドの形(intact form)で産生され、培養液中あるいは消化管内でトリプシンなどの蛋白分解酵素により、分子内に解裂(nicking)が生じ分子量5万の軽鎖と分子量10万の重鎖がジスルフィド(SS)結合で結ばれた2本鎖フラグメント構造(nicked form)へ変化する。第I群菌に属する蛋白分解性A、B、F型菌は自己の産生するトリプシン様酵素が神経毒素の分子内解裂に関与している。神経毒素は解裂による変化により毒力を数倍から数百倍に上昇させる。この活性化現象は第II群菌に属する蛋白非分解性B、E、F型菌に著明に認められる。軽鎖、重鎖はそれぞれ単独では毒性がないが、軽鎖と重鎖の両者を混合し再酸化することで活性を持つ神経毒素に再構成できることから、毒性発現にはこれら2つのフラグメントがともに必要であることを示している。重鎖は結晶構造解析から2つのサブフラグメント(HN、HC)で構成されていることが明らかになっている。

神経毒素は生体内ではコリン作動性末梢神経に作用し、アセチルコリンの遊離を阻害することにより麻痺を引き起こす。神経筋標本、脳シナプトソーム、初代培養細胞に対する作用から、毒素はシナプス前膜に存在する毒素型に特異的な受容体に結合後、神経細胞内に侵入し種々の神経伝達物質の放出を阻害することが明らかになっている。神経毒素は温度非依存的に重鎖、特にHCを介して受容体に結合する。毒素受容体としてA型毒素はSV2(synaptic vesicle protein 2)、B型毒素はシナプトタグミンであることが明らかになっている。これらの受容体蛋白はシナプス小胞の構成成分であり、シナプトタグミンは1カ所の膜貫通ドメインを持ち、N末端を小胞内腔に、C末端を細胞質側に向けている。一方、小胞が前膜と融合し小胞内の神経伝達物質が放出されるとシナプトタグミンN末端領域は細胞外に突出する。毒素はこのN末端部分に結合するが、ガングリオシドを付加すると結合が増強されることから、ガングリオシド糖鎖部分と相補的な構造をとることで毒素受容体を構築していると思われる。シナプス小胞は開口放出後、再び細胞内に取り込まれ、同時に受容体に結合した毒素はこの小胞のリサイクリングにより細胞内に侵入すると考えられている。毒素の細胞内への侵入は温度依存的に起こる。神経毒素が直接形質膜を通過して細胞質内に達することはないと考えられている。A、B型以外の毒素受容体が明らかではないので、他の型の毒素が小胞のリサイクリングで細胞内に取り込まれるのかは定かではない。しかし、一般に毒素の作用が神経刺激により促進されることから、他の毒素も同様な過程で細胞内に侵入することは十分考えられる。小胞内に取り込まれた毒素が細胞質内に移行するためには小胞膜の疎水性バリアーを通過する必要がある。毒素の作用はクロロキン、塩化アンモニウム、塩酸メチルアミンにより阻害を受けることから、プロトンATPaseによる小胞内の酸性化が毒素の細胞内移行に必要であることを示している。酸性pH条件下では重鎖HNは、この部分に共通して存在する膜貫通ドメインと類似した両親媒性ヘリックスを介してチャンネルを形成することが予想されている。

シナプス小胞から神経伝達物質が遊離する際起こる開口放出には少なくともシナプス小胞と細胞膜との結合・融合が起こるが、この過程に細胞内可溶性蛋白、NSF(N-ethylmaleimide-sensitive fusion protein)とSNAP(soluble NSF attachment protein)に加えて、SNAPに対する受容体(SNAP receptor; SNARE)が必要である。シナプス小胞に存在するシナプトブレビンは送り手側の膜のSNAP受容体(v-SNARE)として、SNAP-25とシンタキシンは前膜すなわち受け手側の膜のSNAP受容体(t-SNARE)として働く。軽鎖は亜鉛依存性プロテアーゼであり、細胞質内でB、D,FおよびG型はシナプトブレビン、A、C、E型はSNAP-25 、C型はシンタキシンを特異的に切断する。これらの作用が毒作用の本態であり、結果として神経伝達物質の放出が阻害される(参照)。

大阪府立大学大学院生命環境科学研究科感染症制御学講座 小崎俊司

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