岩手県で発生したボツリヌス食中毒事例について
(Vol. 29 p. 38-38: 2008年2月号)

厚生労働省の食中毒統計調査によると、ボツリヌス食中毒は2000(平成12)年以降発生がなかったが、2006(平成18)年9月に井戸水を原因とする食中毒(乳児ボツリヌス症としても登録)が宮城県で発生している(IASR 28: 113-114, 2007)。また、いずしによるボツリヌス食中毒は1998(平成10)年以降発生がなかったが、岩手県において2007(平成19)年4月にいずしが原因と推定される食中毒が発生したので事件の概要を報告する。

事件の探知:2007(平成19)年4月18日午前9時30分頃、盛岡市内の医療機関から盛岡保健所に「ボツリヌス食中毒様症状を呈した一関市内の住民を治療している」旨の通報があった。患者は58歳男性で、発症は4月17日の朝6時頃で、嘔気、嘔吐、眼症状、呼吸困難を呈して、同日夕方自宅のある一関市内の医療機関を受診し、救急で盛岡市内の岩手県高度救急救命センターに搬送された。

摂食状況:原因食品として推定された自家製アユいずしを、患者は発症前日の4月16日の昼と夜の2回喫食した。潜伏時間は昼の喫食時間から17時間と考えられた。自家製アユいずしは2006(平成18)年9月に仕込み、7カ月間常温保存したものであり、一部腐敗していた。家族5名の中でアユいずしを喫食しているのは患者のみで、他の食品は共通していることから、アユいずしを原因食品と推定した。

検査の状況:浣腸便およびアユいずしからの分離培養検査を行った。増菌培地にはブドウ糖・澱粉加クックドミート培地(以下CCM培地)、分離培地には卵黄加CW培地を使用した。検体は未処理、60℃15分加熱または80℃30分加熱処理した後、CCM培地に接種し30℃で嫌気培養した。4日目と7日目にCCM培地から卵黄加CW培地に接種し、PCRによる毒素遺伝子の確認も試みた。ボツリヌス菌以外の夾雑菌を除去するため、エタノール処理(CCM増菌培養液に等量のエタノールを添加し25℃で1時間処理)したものと未処理のものを卵黄加CW培地に接種し30℃で48時間嫌気培養した。すべての検体から菌は分離されなかった。またPCRによる毒素試験も陰性であった。

ボツリヌス症の診断には毒素の検出が最も重要であるため、毒素検査をブロック内のボツリヌスレファレンスセンターとなっている秋田県健康環境センターに依頼した。検査検体は、浣腸便と抗毒素投与前の血清および自家製アユいずしであり、探知当日の18日に秋田県健康環境センターに搬送した。毒素は血清からのみ検出され、E型ボツリヌス毒素であった()。

原因・考察:保健所の調査で、原因は、自家製アユいずしの製造工程で、内臓除去後の洗浄を充分に行っていなかったこと、7カ月という長期にわたって常温保存されていたことから、原材料に付着したボツリヌス菌から毒素が産生され、発症に至ったものと考えられた。

毒素は、浣腸便およびアユいずしからは検出されず、抗毒素投与前の血清からのみ検出されており、ボツリヌス食中毒を疑う場合は、便、食品の採取の他に抗毒素投与前の血清の採取が重要であると感じた。

岩手県環境保健研究センター
岩渕香織 松舘宏樹 高橋雅輝 高橋朱実 藤井伸一郎 蛇口哲夫
秋田県健康環境センター 八柳 潤 齊藤志保子
国立感染症研究所細菌第二部第三室 高橋元秀 見理 剛

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