症状消失まで長期間を要した乳児ボツリヌス症
(Vol. 29 p. 38-39: 2008年2月号)

はじめに:乳児ボツリヌス症は米国で年間80〜100例の診断例があるが、わが国ではまれな疾患である。今回、乳児ボツリヌス症のため人工呼吸管理を2カ月半、便中ボツリヌス菌が陰性化するまで5カ月、便秘が改善するまで6カ月を要した1986年以降第23例目となる症例を経験したので報告する。

症例:10カ月の男児。意識障害が疑われて紹介された。人工栄養児で、家族歴、既往歴、成長・発達歴に特記すべきことはない。2日前に発熱のため近医を受診した。翌日、解熱したが、ぐったりして元気がないため県立病院へ入院した。脱水を疑って補液をしたが改善はなかった。

入院時診察所見:体温37.6℃。呼吸数40/分。心拍160/分。血圧130/90mmHg。表情は乏しく、眼瞼は下垂し、泣き声は微弱で、四肢は弛緩して手足をわずかに動かす程度であった。口内は乾燥し、瞳孔は散大して対光反射は鈍く、腱反射は減弱していた。大泉門は平坦で、病的反射は認められなかった。

入院時検査所見:血球検査、凝固検査、血清生化学検査、血液ガスで異常所見はみられなかった。

経過:入院当日、突然SpO2低下と徐脈をきたし、人工呼吸管理を開始した。頭部CT、脳脊髄液、脳波の検査で異常はなかったが、急性脳症を否定できずステロイドパルス療法を開始した。しかし、症状の改善はなく、血圧変動をきたしたため中止した。このとき、わずかにみえた眼球が固視しているのが確認されたことから、ボツリヌス症、脳幹脊髄炎、重症筋無力症が考えられた。病歴で入院2日前から便秘になったことがわかり、便からClostridium botulinum およびA型ボツリヌス毒素が検出されたことで乳児ボツリヌス症と診断した。

治療は呼吸管理、経管栄養、浣腸(2日ごと)、酪酸菌製剤の使用を行った。30病日頃から少し開眼して追視が可能になり、唾液と汗が出るようになって血圧は安定し、対光反射が速くなった。50病日頃には徒手筋力テストで3/5 に改善して自発呼吸もしっかりしてきたが、抜管は73病日に可能になった。83病日に頸がすわって、その後に寝返り、座位、経口哺乳が可能になり、89病日に退院した。

便秘は続いたが、125病日に自力で排便できるようになった。しかし、便のC. botulinum とA型ボツリヌス毒素は陽性のままであり、これらは146病日の検査で陰性化した。便秘は181病日に改善した。現在1歳6カ月になり、成長・発達は正常である。

便の取り扱いについて、入院中は院内感染対策マニュアルに従い、ガウンと手袋を使用して紙オムツごとビニール袋へ入れ、感染性廃棄物として処理した。退院後は近医へ届けて同様に処理した。

細菌学的検査の概要:15病日に搬入された患児便について、毒素検査は秋田県健康環境センターで、菌分離は岩手県環境保健研究センターで行った。毒素検査にはマウスを用いた中和試験を行い、7日後にA型毒素が検出された。菌は15日後に分離され、当該株の毒素産生を秋田県健康環境センターで調べた結果、A型毒素を産生する株であった。なお、当該株はPCR法でA型とB型の毒素産生遺伝子を保有していたが、B型はサイレント遺伝子と考えられた。菌分離は直接法(CW寒天培地)と増菌法(クックドミート培地で増菌後、CW寒天培地に塗抹)で行ったが、菌は増菌法で増菌液(2ml )に等量のエタノール液を混合した後、塗抹した培地から分離された。患児宅の感染源調査のため、患児が摂取していた食品、および環境検体としてハウスダスト等の計20検体を検査したが、菌は分離されなかった。

考察:本症例では最初、意識障害を疑った。しかし、脳波は意識障害時のものでなく、わずかにみえた眼球は固視していたことが、ボツリヌス症を疑うきっかけになった。診断後は便中の菌と毒素が陰性化しないため、浣腸をして酪酸菌製剤(代表種はClostridium butyricum )を試みたが、便秘が改善するまでに長期間かかった。A型毒素による乳児ボツリヌス症は、自然経過の場合、入院期間が平均6.7週とされている。浣腸よりも洗腸を積極的に行った方が経過を短縮できる可能性がないのか、という視点からの検討も必要と考えられた。

岩手医科大学医学部小児科 赤坂真奈美 亀井 淳 千田勝一
岩手県環境保健研究センター
藤井伸一郎 岩渕香織 松舘宏樹 高橋雅輝 高橋朱実 蛇口哲夫
秋田県健康環境センター 八柳 潤 齊藤志保子
国立感染症研究所細菌第二部 見理 剛 高橋元秀

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