感染症法改正に伴うボツリヌス菌・毒素のバイオセキュリティ対応
(Vol. 29 p. 42-44: 2008年2月号)

はじめに
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)(以下、「感染症法」)の一部を改正する法律が2006(平成18)年12月8日に公布され、翌年6月1日より施行された。本改正で、生物テロや事故による感染症の発生・まん延を防止するための病原体等の管理体制の確立について新たな制度が設けられた。規制対象となる病原体等を一種から四種に選定分類し、この分類に応じて、病原体等の所持に係る安全管理を求めるものである。以下に、ボツリヌス菌およびボツリヌス毒素(以下、「ボツリヌス菌・毒素」)を取り扱う場合に求められる対応について解説する。

1.二種病原体等
感染症法では、ヒトへの病原性、生物テロとして使われる可能性、国際的な評価等を勘案し、感染症分科会での専門家の意見も踏まえ、病原体等を一種から四種に選定し、分類している(図1)。ボツリヌス菌・毒素は二種病原体等に分類され、所持や輸入する場合にはあらかじめ厚生労働大臣の許可が必要となる。二種病原体等は、一種病原体等ほど病原性は強くないが、国民の生命および健康に重大な影響を与えるものであり、許可制度により適正管理を担保する必要のあるものが分類されている。主に動物から感染する4類感染症の病原体等が多く、危険度が高いものといえる。具体的には、(1)国際的にも規制の必要性が高い(CDCの危険度優先分類でAランク)とされている病原体等で一種病原体等以外の病原体等、(2)近年テロに実際に使用された病原体等をはじめ、国際的にも規制する優先度が高い毒素を産生させる病原体等、(3)新興感染症や地域特性等からわが国での対策が必要な病原体等である。ボツリヌス毒素は(1)、ボツリヌス菌は(2)に該当する。

なお、薬事法に基づく医薬品等ヒトへの健康に影響を及ぼすおそれがほとんどないものとして厚生労働大臣が指定したものは規制対象から除外されており、ボツリヌス毒素では 0.1mg以下のボツリヌス毒素、A型ボツリヌス毒素を含有する製剤500単位以下のもの、またはB型ボツリヌス毒素を含有する製剤10,000単位以下のものが大臣指定されている。昨(2007)年6月1日の施行時点で既に所持し、6月中に許可申請を行った場合には、審査が終了するまでの間は所持が認められている。また、毒素、菌の分離・同定が行われる前の臨床検体を事業所外へ運搬する場合は、二種病原体等としての公安委員会への届出は求められていない。しかし、ボツリヌス症が疑われる患者の臨床検体を検査目的等で輸送する際には、ICAO(国際民間航空機関)の技術に関する説明書に定めるいわゆるカテゴリーAの規格に適合した容器を使用し、三重包装で運搬するなどの配慮が必要である。

2.所持者の義務
ボツリヌス菌・毒素を所持する者は、感染症法に基づき感染症発生予防規程の届出、病原体等取扱主任者の選定、教育訓練等が義務づけられている。これにより、病原体等の管理のための組織体制の確立、主任者による監督等により、病原体等の適切な管理が行われることが期待される。また、記帳についても、病原体等の出し入れや病原体等を取り扱う実験室等に出入りした人についても記録が求められる。さらに、盗取、行方不明等の事故の際の警察官等への届出、火災などの災害時の応急措置等が義務づけられている(表1)。

3.施設の基準等
感染症法では、病原体等を取り扱う施設を、(1)特定病原体等そのものを用いて実験や研究を行う「実験室」、(2)病原体等は使用するものの、医薬品製造のために薬事法で予め規定された製造基準に従って取り扱う「製造施設」、(3)主に病院、診療所、検査機関等で臨床検体を取り扱い、業務に伴って病原体等を同定する「検査室」の3つのカテゴリーに分類し、それぞれに応じて施設の基準等が設定されている。また、検査機関が、業務に伴って病原体等を同定した場合、この時点で所持することになるが、省令に定める一定期間内に当該病原体等を滅菌等することにより施設の基準等が適用されないように規定している。さらに、一部の施設基準(耐火構造または不燃材料)に経過措置を設けたほか、ボツリヌス菌については、取り扱いに必要とされるバイオセーフティレベル(BSL)が他の二種病原体等ではBSL3であるのに対し、BSL2で扱われることを考慮し、また、ボツリヌス毒素についてもこれを準用し、必要な施設基準の一部を適用除外とした。従って、ボツリヌス菌・毒素の所持者は、取り扱う施設のカテゴリーに応じて、また、他の二種病原体等とは適用される基準が異なることに注意する必要がある。詳しくはHP等を参照されたい。

4.運搬の基準
ボツリヌス菌・毒素を事業所外に運搬しようとする場合には、国家公安委員会規則に基づき、運搬の届出の義務が課せられる。このため、いつ、誰が、何を、どのような方法・経路で運搬するのかを記した届出書を都道府県公安委員会に提出し、運搬証明書の交付を受けなければならない。運搬者はこの運搬証明書を携行して運搬を行うこととなる。運搬の際の容器包装等の基準も厚生労働省告示に示すとおり、ICAO(国際民間航空機関)の技術に関する説明書に定めるいわゆるカテゴリーAの規格に適合した容器を使用し、三重包装で運搬することが必要となる。運搬に当たっては、運搬体制や留意事項等を示した「特定病原体等の安全運搬マニュアル」(厚生労働省HPに掲載)も参考にされたい。

5.留意事項
ボツリヌス毒素の所持についての考え方は、病原体等管理業務に関するQ&A(追加分http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/pdf/03-41.pdf)に示しているが、許可申請にあたり、ボツリヌス毒素を所持せず、ボツリヌス菌を所持し、それを用いて毒素の検査を行う場合などで、取り扱う毒素量が規制対象以下(0.1mg)である場合には、特にボツリヌス毒素の所持の許可は必要ないが、その場合、毒素量が0.1mg以下であることの根拠を備えておく必要がある。また、ボツリヌス毒素の保管場所と実験室等、動物への接種場所が異なる場合などで、取り扱う毒素量が0.1mgを超える場合には施設内運搬に該当することになり、その体制、経路、使用容器等についても忘れずにマニュアル等に規定しておくことが求められる。なお、課長通知(平成19年6月1日、健感発第0601002号)において施行に伴う留意事項として示されているが、感染症法に基づく基準の遵守に加え、WHO(国際保健機関)から示されている「実験室バイオセーフティ指針(WHO第3版)」を参考にして、汚染排水の滅菌や、ヘパフィルターの交換時の滅菌など、適切な感染防御のための対応が求められている。さらに、許可なしにボツリヌス菌・毒素を所持した場合、3年以下の懲役または200万円以下の罰金など、生物テロの未然防止の観点から厳重な罰則規定が設けられていることにも留意すべきである。

誌面の制約上、適用される基準等の詳細をここで紹介することはできないが、厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/03.html)をご参照いただくか、厚生労働省健康局結核感染症課(電話03-5253-1111内線4600〜4602)まで問い合わせいただきたい。

厚生労働省健康局結核感染症課 梅田浩史

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る