新生児破傷風の1例
(Vol. 29 p. 50-51: 2008年2月号)

破傷風(tetanus)は、破傷風菌(Clostridium tetani )の感染により、菌が産生する毒素によって開口障害・強直性痙攣等を引き起こす急性細菌性感染症である。新生児破傷風は、破傷風トキソイドに対する免疫を持っていない母親から生まれた新生児に発症することがある。本症の死亡率は約30%と高く、特に新生児においては約75%と死に至る危険性が高い。新生児破傷風は、分娩時に不潔な臍帯切断を行うことにより発症し、発展途上国での大きな問題の一つとなっているが、日本では1995年を最後に報告されていなかった。

今回、新生児破傷風と診断した1例を経験したので報告する。

症例:日齢5の男児、顔色不良(前医受診時)。

現病歴:日齢4啼泣消失・哺乳不良・顔色不良出現、近隣の救急病院を受診された。前医到着時、全身チアノーゼ著明、SpO2 50台であったため、気管挿管。挿管時出血がみられ、感染に伴う肺出血疑いで、日齢5当院NICUに緊急新生児搬送入院となった。

なお、後日の問い合わせにて、挿管時に開口障害がみられ、挿管は困難を極め、気管損傷の可能性があったとのこと。出血は二次的なものと考えられ、呼吸障害は痙攣によるものと考えられた。

入院後経過:入院時、全身性硬直性痙攣の状態であるとともに、挿管チューブ内に血性の分泌物を多量に認めた。痙攣に対し、フェノバルビタールの投与を行うことにより、一時痙攣消失するも、処置等の刺激にて全身性硬直性の痙攣が誘発されるため、ミダゾラムの持続点滴を開始した。また、痙攣重積・後弓反張などの破傷風に特徴的な症状がみられたため、抗破傷風人免疫グロブリンの投与を行った。ミダゾラムの持続点滴開始後、痙攣は一時消失するも、12時間程度で再燃。その後、抗痙攣剤を数種類使用するも、完全に痙攣をコントロールすることは困難であった。後弓反張・開口障害・難治性痙攣などより破傷風である可能性も考え、暗室に収容して可能な限り処置回数を減らすとともに、痙攣に関しては、最終的にチアミラールナトリウム+臭化パンクロニウムでコントロールを行った。痙攣消失後、抗痙攣剤を内服に変更。一時的に間代性痙攣をみることがあったが、その後明らかな痙攣は消失した。

本症例は、入院時に呼吸困難・後弓反張という破傷風に特徴的な症状がみられていたため、抗破傷風人免疫グロブリンの投与を行った。しかし、その後一般的な新生児痙攣の治療・鑑別診断を行ったため、再度破傷風を疑い、十分な沈静を行うまでには10日程度を要した。

診断に際し、臍周囲・脱落した臍帯断端・便の嫌気性培養検査を行ったが、すべてにおいて菌は検出できなかった()。これらの結果は、菌の分離率が約30%程度と低いほか、嫌気性培養の検体採取時期が遅れ、有効な検査を行うことができなかったことも一因であると考える。

日本国内では、10年以上にわたり新生児破傷風の発生はない。新生児破傷風発症の最大要因は、分娩時の不潔な臍帯切断であるため、児の出生した助産院に連絡。当該助産院はほとんど閉鎖しており、分娩を行っていなかったが、臍帯切断の際は、消毒した剪刀を用いたとのことであった。同時に自宅の衛生環境が非常に悪いとの指摘もあったが、患児には明らかな創傷がみられなかったことより、使用した剪刀の消毒が不十分であった可能性があると考えた。

新生児破傷風は、破傷風トキソイドに対する免疫を持っていない母親から生まれた新生児に発症する。破傷風発症を予防するためには、0.01単位/mlを超える抗体価が必要であるが、この防御抗体レベル以上の血中抗体価を維持するためには、定期予防接種後10年ごとの追加接種が必要であるといわれている。新生児破傷風の予防には清潔な出産管理が第一であるが、これとともに成人(母親)への破傷風トキソイドワクチン接種の必要性が周知されることが望ましいと考える。

最後に、本症例の診断・検査にご協力いただいた国立感染症研究所細菌第二部・高橋元秀先生に深謝いたします。

兵庫医科大学病院小児科
小川智美 柴田貴之 下村英毅 樋上敦紀 海老名俊亮 磯野員倫 松井朝義
皆川京子 服部益治 谷澤隆邦

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