本邦で初めてイヌから分離されたジフテリア毒素産生性Corynebacterium ulcerans
(Vol. 29 p. 51-51: 2008年2月号)

Corynebacterium ulcerans (以下C. ulcerans )は自然界に常在しており、ウシの乳房炎をはじめ多くの動物に化膿性炎症を引き起こす細菌として知られている。本菌にはジフテリア毒素産生能を持ったものがあり、ヒトに感染してジフテリア様疾患を引き起こす場合がある。国内では2001年以降5症例が報告されており、そのいずれの症例においてもジフテリア毒素産生性C. ulcerans が検出されている。感染源として動物(イヌ、ネコ)の関与が疑われたが、感染源を特定できた症例はなかった。今回われわれはC. ulcerans のイヌの保菌状況を調査する機会を得、そのうちの1頭からジフテリア毒素産生性C. ulcerans を検出したので報告する。

調査対象および検出方法:2006年12月〜2007年9月にかけてさまざまな理由で大阪府が収容したイヌ65頭について調査した。咽頭ぬぐい液をシードスワブγ3号で採取し、検査開始まで4℃で保存した。原則的に検体採取当日に検査を開始した。培養は血液寒天培地および選択分離培地として亜テルル酸カリウム、羊血液、活性炭末を加えた培地(勝川変法荒川培地)を使用し、血液寒天培地は24時間培養後、勝川変法荒川培地は48、72時間培養後にC. ulcerans と疑われる集落についてDSS培地(自家製)に植え継ぎ、純培養および性状によるスクリーニングを行った。

結果:65検体のうち2007年8月7日に採取した4頭中1頭の咽頭ぬぐい液からC. ulcerans と疑われる菌が分離された。この1頭は雑種、雌、体重約20kgであり、外観上、健康状態は良好であった。分離菌はDSS培地でブドウ糖分解、ショ糖非分解を示し、グラム染色で陽性の短桿菌と判定され、カタラーゼ陽性、尿素分解の性状を示したためC. ulcerans の可能性が高いと判断、同定キット;api Coryne (bioMerieux)を用いた同定および16SリボソームRNA遺伝子解析による菌種の推定を実施した。api Coryneではアルカリフォスフォターゼで非典型反応を示したため、C. ulcerans の同定確率は87.2%、それに次ぐCorynebacterium pseudotuberculosis は12.5%となり、C. ulcerans と確定できなかった。追加試験として溶血性の判定があるが、これも分離菌は羊血液寒天培地でβ溶血を示し、本来の性状(非溶血)とは異なる結果となった。また16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列も両者は酷似しており判別できなかった。そこでrpo B遺伝子およびhsp 65遺伝子の部分塩基配列決定法で菌種の推定を行ったところ、両遺伝子からはC. ulcerans と推定された。以上の結果から分離菌は若干非典型性状を示すが、C. ulcerans であると同定した。

毒素産生性は毒素遺伝子の検出(PCR)、Elek法、培養細胞法で試験を実施、いずれも陽性を示した。毒素遺伝子についてはその全塩基配列を決定、構成アミノ酸をジフテリア菌の毒素と比較したところ、全560アミノ酸のうち28アミノ酸に変異が認められ、相同性は95%であった。また、過去国内で分離されたC. ulcerans との関連を調べるため、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による解析を実施した。その結果、今回の分離菌は国内4例目の大分県の症例から分離された菌と泳動パターンが一致した。

考察:海外の報告ではイヌからの感染事例、ネコからの感染が疑われる疫学データ等があるが、国内ではイヌ、ネコを含め自然界における存在様式等はほとんど解明されていない。今回1株のみの検出であるが、ジフテリア毒素産生性C. ulcerans がイヌから分離されたこと、および分離菌がPFGEでヒト分離菌との泳動パターンの一致をみたことは、ヒトへの感染経路に動物が介在する可能性を示唆する。今後、感染症法で2類に位置づけられているジフテリア菌(C. diphtheriae )との伝播性、病原性の違いを含め、広範囲な調査と疫学解析が必要であると考える。

大阪府立公衆衛生研究所感染症部細菌課 勝川千尋 河原隆二 井上 清
大阪府犬管理指導所 石井篤嗣 山岸寛明 木田一裕 西野俊冶
大阪府健康福祉部食の安全推進課 長濱伸也
国立感染症研究所細菌第二部 小宮貴子 岩城正昭 高橋元秀

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