高知大学医学部および附属病院における百日咳集団発生事例
(Vol. 29 p. 70-71: 2008年3月号)

はじめに
高知大学医学部では他大学の百日咳集団発生(本号4ページ)を受け、百日咳の「水際阻止」対策を講じていた。2007年7月18日、百日咳抗体価高値の医学部学生が判明し、迅速に現状確認・感染状況が把握された後、感染経路遮断を目的に対策を徹底し、国立感染症研究所に調査支援を依頼した。この経過と調査結果を報告する。

経 過
翌7月19日、全学生対象にアンケート調査を実施(図1)し、同日授業を中止して実施したPCR検査では当日判明分だけで28名中24名が陽性であり、この結果に基づき医学部の正式な休講を決定した。

感染対策と並行し7月27日に第1回現状調査、8月1日に第2回現状調査を行い、8月2日から国立感染症研究所(FETP)との合同調査を開始した。また感染対策徹底の依頼や情報提供については全職員に対してメール発信を行った。

最終発症者から最長潜伏期間の2倍の期間(42日間)監視を行い、新たな発症者はなく9月23日に終息と判断した。

調査結果および考察
1.患者発生状況
4月1日〜8月31日までの患者発生状況を学生・職員別に示す(図1)。学生については5月下旬、6月中旬〜下旬に症例の集積があった。職員については6月〜7月に発生のピークがあった。入院患者、退院患者は全期間通して症例定義に合致する症例発生はなく、外来患者についてはカルテ調査から数例が百日咳と疑われたが、当院における症例との疫学的な関連性はなかった。

感染経路は学生間では講義室・部活動での濃厚接触、学生−職員間は臨床実習等を介した感染伝播が推測され、特に多くの診療科(人)が混在する部署において感染がより拡大した可能性が示唆された。集団発生の要因としては、(1)地域流行の持ち込み、(2)百日咳発症者探知の遅れ、(3)感染性を有する期間における発症者の登校・就業、(4)比較的長時間狭い空間を共有する講義室や職場の環境、(5)乳幼児期のワクチン効果の限界などが考えられた。入院患者に発症者はおらず、職員の対患者へのマスク着用が感染伝播防止に有効であったと考えられる。

2.検査結果
PCRの検査結果を表1に示す。学生は45.7%、職員は69.8%の陽性率であった。しかし、検出結果と症状の有無は必ずしも一致せず、陽性者の60%は無症状であった。また、98検体(PCR陽性63名陰性35名)に対して培養検査を試みたが、菌は1例も分離できなかった。

PCR検査は迅速・高感度であり、今回は百日咳菌検出に2遺伝子を標的部位として実施した。PCR法以外にもLAMP法やシークエンスを導入し、結果の検証も実施し、結果の大きな乖離は認めなかった。また、26名の陽性者を対象に服薬1週間後のPCR検査を行い19名が陰性となった。

3.抗菌薬内服状況
抗菌薬内服状況を表2に示す。学生は610人(82%)、職員は473人(36%)が内服し、うちクラリスロマイシンを5日以上内服した者は学生581人(96%)、職員396人(85%)であった。

4.終息
学生については、対策導入後は新規発症者を認めず、休講と高い抗菌薬内服率(82%)が主たる要因と考えられた。職員については、少数の新規発症者を認めたが、予防内服に加え、就業制限などを強化した結果、終息に向かうことができた。感染対策の強化については咳エチケット、手洗いの徹底など全職員にメール発信を行い協力を依頼した。

学生の最終発症日は7月19日、職員の最終発症日は8月12日であり、9月23日に終息したと判断した。

終息を迎えられたのは、学生・職員の対策への積極的な協力を得られたためと考えている。

おわりに
今回の調査では、ワクチン接種歴3回以上の学生の発症率は低く、職員の年齢階級別発症率では30〜34歳、25〜29歳が高かった。この世代はワクチン接種一時中止から接種率の低下した世代であり、予防接種は成人において一定の有効性があると評価できる。成人は典型的な症状に乏しく、培養検査(採取時期と検査時間・感度に影響される)のみでは検出が十分といえず、診断が困難なことにより、患者は百日咳感染を知らないまま講義室や職場などの環境下で急速に感染を拡大していく。今回、私達は確実な百日咳菌検出のために種々の遺伝子診断・解析[PCR、LAMP、シークエンス、multilocus sequence(感染研)]と疫学調査を実施し、無症状キャリアの検証や遺伝子検査陽性者の取り扱い等、今後の対応すべき問題点を示唆する重要な知見を得た。ワクチンの有効性、検査方法の標準化を含め議論すべき課題は多く、研究班などによる調査やガイドライン作成等を切に期待したい。

 文 献
1) CDC, Manual for the Surveillance of Vaccine-Preventable Diseases 3rd Edition, Chapter 8: Pertussis, 2002
2) CDC, MMWR 56: 837-842, 2007
3)木村三生夫,他,予防接種の手引き:近代出版, 2006

高知大学医学部附属病院ICT  有瀬和美 竹内啓晃 武内世生

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