長野県における百日咳の流行
(Vol. 29 p. 74-75: 2008年3月号)

長野県では、県北部を中心として2006年秋頃から慢性咳患者の発生が多いのではないか?という指摘が臨床医家からあり、同県の感染症拠点病院である県立須坂病院でも咳を主訴とする患者の紹介・受診が増えてきている。同院を受診して百日咳疑いと診断された患者について、疫学、臨床、血清検査から解析を加え、県内の感染症サーベイランスの動向と照合した上で、流行の有無と感染対策の課題を検討した。

須坂病院における百日咳疑い患者の臨床・血清調査
2006年10月〜2008年1月末までに、須坂病院内科と小児科で百日咳が疑われた患者の臨床と血清検査結果を解析した。

調査期間中、計117件の百日咳抗体検査が実施された(同一患者の複数回検査は1件と数えた)。IDWR 2003年第36号の記事を参考に、山口株(野生株)抗体価40倍以上を単回検査で陽性と判定したところ、56件(49%)が陽性であった(図1)。陽性件数は最低0件(2007年5月、7月、9月)、最高11件(2007年11月)で、中央値4件、月平均3.5件であった。

陽性群と陰性群の属性を比較してみると(表1)、患者の最小−最大年齢は乳児〜後期高齢者まで含まれ、性比も概ね違いを認めなかった。しかし患者年齢の中央値は、陽性群で有意に高かった。咳発症から検査までの期間は、両群で有意な違いを認めなかった。DPT予防接種率は、母子手帳など公式記録からの確認が取れなかったため、解析は未実施となった。

長野県では県が運営する10保健所と長野市保健所の計11カ所で感染症サーベイランスが観測されている。法律で指定されている観測対象疾患のうち、慢性咳症状を主訴とする百日咳、マイコプラズマ肺炎、クラミジア肺炎、結核について、長野県衛生部がとりまとめた2006年第1週〜2007年第52週までの動向を調べた。

百日咳は県下55カ所の小児科定点施設から2006年には24例、2007年には72例の報告があり、3倍増していた。報告件数が急増した理由は、長野市保健所からの8件から45件への報告増加が最も大きく影響した。これ以外の報告疾患では、県下全域で大きな増加は認められなかった。

須坂病院は、百日咳の報告定点となっていない。須坂病院を管轄する県長野保健所からの報告は、長野市保健所の報告と合計した長野医療圏で解析すると(図2)、2006年の発生動向は、週0〜1件程度の報告があり、これが通常のベースラインと考えられる。2007年は第3〜6週と第44〜48週でピークを形成しているが、概ね通年にわたり流行していることが分かる。

結論と提言
1.結論
長野県では2007年初頭より、県北部の長野医療圏で百日咳の流行が認められている。同時に、他の慢性咳疾患が急増している証左はなかった。現行の百日咳サーベイランスでは他医療圏に流行を認めないが、その真偽はサーベイランスの精度未評価のため不明である。報告定点でない須坂病院では、2007年に42例の百日咳患者を血清診断しており、定点の選択はサーベイランス精度を上げる上で肝要である。

須坂病院で百日咳と血清診断された患者について、その過半数は20歳以上の成人であったことから、今回の百日咳流行は成人患者が主体といえる。咳が発症してから診断がつくまでの期間が1〜2週間かかっており、カタル期に乳幼児などへ感染を広めている可能性がある。また慢性咳疾患の鑑別検査を受けずに、不適切な抗菌薬治療で済まされている患者が少なくないことも推測される。

2.提言
全国的に百日咳患者は、1981年に無細胞ワクチンが接種再開され、再び減少傾向を辿っている。しかし長野地域など一部の地方では散発的な流行が起こっており、今回その主体が成人である可能性が示された。しかし現行の小児科定点把握サーベイランスでは、真相を評価するのが困難である。都道府県はより精確な百日咳サーベイランスを行うために、報告定点を小児科だけでなく内科にも拡げるべきである。また3週間を超える慢性咳症状を訴える患者へは、積極的に血清検査を行うよう、臨床医家を啓発すべきである。

百日咳の制圧は、予防接種の徹底に尽きる。WHOの疾病定義に従って、3週間を超える咳症状で百日咳と診断しても、感染力の強いカタル期は既に終わっている。従って、小児定期予防接種での百日咳ワクチンの接種率を、大幅に改善すべきである。長野県下のDPT予防接種率は低迷しており、百日咳予防のため4回接種を完了した子どもは全体の2/3程度と推測される。第2期のDT接種は、DPT接種に換えることで、4回接種の完了率を高めることが期待できる。また家族内に百日咳患者が見つかった場合などは、成人へもDPTを臨時接種することで、成人への蔓延も防止できないか研究すべきである。

長野県立須坂病院感染制御部・感染管理チーム
竹内道子 中島恵利子 田中健二 鹿角昌平 高橋 央 齊籐 博

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