結膜炎由来アデノウイルス37型の遺伝子解析:院内感染をおこすアデノウイルスの進化
(Vol. 29 p. 99-100: 2008年4月号)

1981年にde Jongは流行性角結膜炎(EKC)患者から検出したヒトアデノウイルス(Ad)を制限酵素切断法で解析し、新しいAd37を発見した1)。著者は札幌でAd37を30年間追跡し、新しい遺伝子型のEKCの流行に一致することを報告してきた2)。1977〜1981年までにAd19と同定した札幌の14株を、1982年にAd37標準株の免疫血清での中和試験と制限酵素切断像で再同定し、Ad37と同定した3)。その後結膜炎由来のAd37を現在まで追跡した成績4)と、2003年に全国的に多発したAd37を比較し、Ad37の進化を分子疫学的に検討した。

対 象
1982年から始まった厚生省感染症発生動向調査における病原体情報(http://idsc.nih.go.jp/iasr/index-j.html)によると、Ad37は1985、1991、1995年と2003年に多発が報告され5)、特に2003年は最も大きな流行であった。そこで2003年夏に札幌、東京、松山、熊本、糸満の5眼科診療所で結膜炎患者102名から得たAd37株10株と、今までに札幌で分離した株4株を用いた。

方 法
Adヘキソンの916bpの領域を使用したリアルタイムPCRおよびシークエンス法により、Adを68名(67%)から検出し、Ad37は41名(60%)と最も多く検出した。Ad37が検出された41名中、松山、札幌、熊本、糸満、東京の10名の検体からDNAを抽出し、Bam HI 、Bgl I、Bgl II 、Eco RI 、Hind III 、Sac I、Sma I、Xho Iの8つの制限酵素の切断像から遺伝子型をAdrainの方法で同定した。このうち松山の1株の切断像は、どの制限酵素でも異なるパターンを示し、Ad37と断定できなかった。これら10株について抗原決定基を有するヘキソンの全塩基配列を解析し、札幌で同定した4株の遺伝子型と比較した。

結 果
1.ヘキソン塩基配列:以前の札幌の過去10年間の51株の解析4)では、1821番の1カ所の点変異であったが、2003年に初めて日本各地で検出されたAd37では、塩基配列の点変異の数が増加し19カ所に認められ、最も多い点変異は11カ所で、少ない点変異は6カ所であった。そのうち6カ所が共通した変異であった。変異の部位は3´末端側のいわゆるconserved region 4に10カ所みられた。2003年以降に今回検出したD10:2株、D12:2株、D13:2株、D14:3株では、従来とは異なるhypervariable region (HVR)に拡大し1291番目のHVR 7に及んでいた。同一地域では2種の遺伝子型が見出された。ファイバーの変異はshaftに2カ所のみにみられた。

2.アミノ酸置換:ヘキソンではアミノ酸置換は、熊本株と東京株でグルタミン酸がリシン、メチオニンがイソロイシンに、熊本株はアラニンがセリンに、アスパラギンがヒスチジンに、東京株はアルギニンがグリシン、ヒスチジンがアルギニンに、ファイバーは札幌、沖縄、熊本株でグルタミンがグルタミン酸に、熊本、沖縄株はロイシンがバリンに置換していた。

3.新しい組み換え型:今回916bpの塩基配列でAd37と同定したが、DNA切断像が明らかにAd37と異なった松山の1株の全長のヘキソン塩基配列解読を行うと、HVRが存在する前半分はAd22であり、後半の保存部位はAd37のキメラで、ファイバーノブはAd8、ペントンベースはAd37という、いわゆるAd22、Ad37とAd8の組み換え型であった。この診療所ではAd37の14株以外にAd8が10株検出された。

考 案
この60年間、東南アジアではEKC の病原体はAd8 が主体であった。1979年からAd19とともにあたらしいEKC の病原体としてAd37が欧米から初めてわが国に侵入した。その後これらの病原体は米国では大きな変異がみられないが、結膜炎患者が医療制度の関係で眼科を容易に、しかも頻回に受診しているわが国では変異が強く起きている。これらのAdは結膜に臓器親和性があり、結膜の接触感染で拡散するので、家庭や院内で感染し易い。特に眼科施設での院内感染は多く、わが国の大学病院では80%で発生している5)。流行の引き金となった変異は、特に札幌でのAd37遺伝子型の長期観察が報告されている4)。すなわちこのAdの進化はわが国特有の現象である。日本各地でAd37が多発した2003年の今回の解析では、Ad37のε抗原に関係するヘキソンの変異を全国的に検出されたAd37の塩基配列解読で確認した。従来、ヘキソンの点変異は保存部位に限定していたが、今回初めてヘキソンのloop 2に属するHVRにも点変異がみられた。この部位は中和抗原を担っており、今回の全国的多発といかに関与するかは今後の課題である。この他に新しい遺伝子型、アミノ酸置換、新しい組み換え型などの分子疫学的知見も知り得た。今回松山で見出した新しい組み換え型による院内感染は、その後山口、福井、札幌で観察され、2007年にはドイツからも院内感染の病因として報告された6)。今後これらの所見がいかに進展していくかを追跡したい。

 文 献
1) de Jong JC, et al ., J Med Virol 7:105-118, 1981
2) Aoki K, Tagawa Y, Int Ophthalm Clin 42(1): 49-54, 2002
3)青木功喜, 他, 日本眼科学会雑誌 89(2): 294-298, 1985
4) Ariga T, et al ., J Clin Microbiol 42: 3644-3648, 2004
5)大口剛司, 他, 日本の眼科 75: 689-692, 2004
6) Engelman I, et al ., Clin Infect Dis 43: e64-66

北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野
青木功喜 大口剛司 大野重昭

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