1996〜2006年の期間の通常サーベイランスによると、イングランド、ウェールズ、北アイルランドの3地域において、チフス症(腸チフス、パラチフス)は年間平均6%増加しており、2006年にはこの10年間で最多の報告数があった。
しかし、このサーベイランスで得られる情報は限定的であり、全症例の約70%でしか渡航歴に関する情報が得られておらず、出生地、民族、渡航目的、腸チフスワクチンの接種歴などの情報は全く得られていなかった。これらは、リスク集団と予防活動の対象者を定めるうえで不可欠な情報であり、これらの項目を含むチフス症強化サーベイランスのパイロット調査を、Health Protection Agencyが英国旅行医学専任機関と共同して、2006〜2007年に行った。
研究期間(2006年5月1日〜2007年4月30日)に合計406件の調査票を回収した(チフス菌203例、パラチフスA菌198例、パラチフスB菌5例)。報告例の40%をロンドン地域が占め、続いて西ミッドランズ地域、ヨークシャー&ハンバーサイド地域、南東イングランド地域の順であった。
症例の大部分は、英国で出生したか否かにかかわらず、インド、パキスタン、バングラデシュに民族的背景を持つ人々で、友人や親族を訪問する目的で英国からこれらの国へ渡航していた。また、この患者層のなかでも、特に英国外出生者は、旅行前の健康相談や、腸チフスのワクチン接種を受けたりする傾向が最も少なかった。渡航先としてはインドが最も多かったが、渡航者10万人当たりの症例数としては、バングラデシュが最も多かった。さらに、友人・親族の訪問を目的とした渡航者では、その他の目的の渡航者に比べ、チフス症の割合が少なくとも6倍高かった。リスクの高い集団の住む地域や、その地域の医師は、チフス症の常在する地域に渡航する前には、その予防対策が必要であると注意喚起する必要がある。
全症例数の3分の2以上で、シプロフロキサシンへの感受性の低下とナリジクス酸への耐性を示すチフス菌(Salmonella Typhi)とパラチフスA菌(Salmonella Paratyphi A)が分離された。
予防対策の効果を評価し、治療の選択に影響を及ぼす薬剤耐性の傾向を今後も引き続き監視するために、チフス症の強化サーベイランスが継続されることが望まれる。
(HPA, HPR, 2, No.12, 2008)