東北地方で2006(平成18)年度に分離されたサルモネラの血清型と薬剤耐性
(Vol. 29 p. 164-166: 2008年6月号)

2006(平成18)年度の食中毒統計によると、細菌性食中毒(774事例、患者9,666名、死者2名)のうち、サルモネラ食中毒は事例数・患者数ともにカンピロバクタージェジュニ・コリ(416事例・2,297名)に次ぎ2位(124事例・2,053名、死亡者1名)を占めていることから、サルモネラによる健康被害は現在も深刻な状況にあるといえる。サルモネラによる健康被害の大多数は散発患者が占めているものと推察される。また、近年、薬剤耐性サルモネラの増加が問題となっている。しかし、現行の感染症サーベイランスシステムでは、協力医療機関から提供された、限られた数の糞便検体から分離される少数のサルモネラに関する情報しか得られないために、散発患者の発生実態、散発患者由来株の血清型、薬剤耐性などの性状に関する詳細な知見を得ることは困難である。東北食中毒研究会では2006(平成18)年度と2007(平成19)年度にかけて、東北地方の6県において定点観測調査を実施することによりサルモネラ散発患者の発生状況と分離株の血清型、薬剤耐性について調査したので概要を報告する。

東北地方の各県で合計44医療機関等の協力によりサルモネラ分離株の分与を受けた。分与されたサルモネラは血清型別を実施し、KB法によりアンピシリン(ABPC)、セフタジジム(CAZ)、セファロチン(CET)、セフェピム(CFPM)、セフォキシチン(CFX)、セフォタキシム(CTX)、ホスホマイシン(FOM)、イミペネム(IPM)、カナマイシン(KM)、ノルフロキサシン(NFLX)、テトラサイクリン(TC)の11薬剤について感受性試験を実施した。

検出されたサルモネラ259株の一覧を表1に示す。東北6県全体ではS . Enteritidisが最も多く検出され(21%)、S . Typhimurium(16%)、S . Infantis(9.7%)、S . Saintpaul(5.4%)が続いた。しかし、図1に示すとおり、分離頻度が高い血清群には県により明らかな違いが認められ、O9群の分離頻度は山形が54%、青森が39%、福島が33%であるのに対して、岩手はわずか10%、秋田と宮城は26%であった。また、O8群の分離頻度は秋田が29%、岩手が13%であるのに対して他4県はすべて10%未満であった。

259株の25%に該当する64株が供試した薬剤のいずれかに耐性を示した。薬剤別ではTC耐性が最も高頻度に認められ(耐性株64株の92%)、ABPC(同39%)、CET(同11%)、KM(同7.8%)が続いた。分離頻度が上位11位までの菌種について、耐性株の頻度と耐性獲得薬剤数を表2に示した。耐性株の出現頻度は菌種により大きく異なり、供試株数10株以上の菌種のうち、S . Hadar(供試株の91%が耐性)、S . Enteritidis(同35%)、S . Typhimurium(同24%)、S . Infantis(同24%)には比較的高頻度に耐性株が認められたが、S . Saintpaul、S . Stanley、S . Litchfieldはすべてが感受性株であった。また、3剤以上の薬剤に耐性を示した株はS . Typhimurium(3株:3剤耐性)、S . Hadar(3株:3剤耐性)、S . Infantis (1株:5剤耐性)、S . Thompson(1株:4剤耐性)であった。これらのうち5剤耐性のS . InfantisはCTX、CFPMに耐性を示したことからESBL産生が疑われた。また、感染性胃腸炎の治療に汎用されているFOMに耐性を獲得した株が2株(S . AgonaとS . Infantis)確認され、これらの3株については耐性機構の詳細と耐性の伝達性についてさらなる検討が必要と考えられた。なお、IPM、CFX耐性株は認められなかったことから、供試株はいずれもメタロβラクタマーゼ、プラスミド性AmpC非産生であると考えられた。

近年、S . Typhimuriumのmonophasic variantとされるSalmonella O4:i:-の増加がスペインで1997年、ニューヨーク市で2002年など、欧米諸国から報告され、国内においても最近、本菌の増加が指摘されている。今回の調査により岩手、山形、福島、宮城の各県において2006年8月以降に本菌が散発下痢患者から分離されたことが明らかとなった(表3)。岩手と山形で分離された株は供試した抗菌薬すべてに感受性であったが、福島と宮城で分離された株はABPCとTCに耐性を獲得していたことから、東北地方に2006(平成18)年度に浸淫したSalmonella O4:i:-には少なくとも二つの系統が存在することが示唆された。

東北食中毒研究会の活動の一環として東北6県の地方衛生研究所が連携することにより実施した今回の検討により、サルモネラ血清群の分離頻度が県により顕著に異なることが示された。その理由の詳細は不明であるが、サルモネラの感染源の種類が地域により異なること、あるいは感染源自体のサルモネラによる汚染状況が地域により異なることなどの可能性が考えられ、このことは、サルモネラの感染源対策を構築する際に、地域における感染源の特徴を的確に把握することが重要であることを示唆することとして興味深い。一方、分離頻度が比較的高い菌種のうちS . Hadar、S . Enteritidis、S . Infantis、S . Typhimuriumには比較的高頻度に耐性株が認められた。薬剤耐性サルモネラの浸淫実態解明のための組織的な調査はこれまであまり行われてこなかったことから、今後も地方衛生研究所等が連携して調査を継続する必要があると考えられる。また、Salmonella O4:i:-については欧米においては多剤耐性株が問題視されており、国内の感染源など疫学的情報も限られていることから今後も継続して動向を監視するとともに、分離株の薬剤耐性や分子疫学的性状について詳細に検討する必要があると考えられる。サルモネラによる健康被害の発生は現在も深刻な状況であることから、健康被害発生防止策構築に資する知見を得るための継続した取り組みが必要である。

東北食中毒研究会
 秋田県健康環境センター 八柳 潤
 青森県環境保健センター 和栗 敦 桜庭 恵
 山形県衛生研究所 青木敏也 金子紀子
 岩手県環境保健研究センター 藤井伸一郎 太田美香子
 宮城県保健環境センター 高橋恵美 小林妙子
 福島県衛生研究所 小澤奈美 須釜久美子

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る