世界のH5N1感染の状況(トリおよびヒト)
(Vol. 29 p. 183-185: 2008年7月号)

2008年初頭、北海道や青森県・秋田県において野鳥の死骸から鳥インフルエンザA/H5N1亜型(以下H5N1と略す)が検出された。隣国である韓国では昨年後半から養鶏場でのH5N1の大規模な発生があり、日本も2004年初頭の3府県におけるH5N1の集団発生以来となる事例発生が懸念され、警戒を強めていた矢先の出来事であった。2006年11月のIASR(IASR 27: 311-312, 2006)ではアジアのH5N1流行状況を概観したが、その後も特に東南アジアのトリにおける集団発生が沈静化しない。インドネシアなどはすでにトリの間で風土病となっていることが懸念される状況である。

H5N1の流行は1997年の香港に端を発している。養鶏場の大流行にとどまらずトリからヒトへの感染も発生し、18名のH5N1患者(うち6人死亡)が確認された(IASR 19: 277-278, 1998)。2003年初頭には、中国本土へ旅行した香港の住民2名がH5N1に感染した(IASR 24: 67-68, 2003)。以降、2003年末に韓国を皮切りにアジアの各国で集団発生が起こった(IASR 25: 293-294, 2004参照)。韓国・日本・マレーシアは制圧に成功し、国際獣疫事務局(OIE)から清浄国の認定を受けたが、その他の国は集団発生を制御できていない。2005年にはアジア以外へも集団発生が拡大し、ロシア・カザフスタン・トルコ・ルーマニア・ウクライナの5カ国から新たにH5N1感染集団発生が報告された。2006年には状況が悪化し、イラク・ナイジェリア・エジプト・インド・アゼルバイジャン・フランス・ニジェール・パキスタン・アルバニア・セルビアモンテネグロ・ミャンマー・カメルーン・アフガニスタン・イスラエル・ヨルダン・ブルキナファソ・ドイツ・スーダン・コートジボワール・ジブチ・デンマーク・ハンガリーの22カ国で新たな集団発生がみられた。2007年にはこれらの国の多くで集団発生を制圧できており、新規報告はバングラデシュ・サウジアラビア・ガーナ・チェコ・トーゴ・英国・ベナンの7カ国と少なくなった。2008年の新規報告国は6月16日現在イランのみである()。新規発生国は減少しているが、東南アジアや中東の国々では集団発生が続いている。さらに、地理的に懸念されるのがサハラ砂漠より南の中央・西アフリカ地域の国々への拡大である。これらの国は経済的に貧しい国であり、感染鳥の殺処分が的確かつ迅速に行えず、ヒト症例のサーベイランスも十分に行えていないと推測される。パンデミックとの関連で最も危惧されるトリ−ヒト感染は、ナイジェリアを除きこの地域からWHOへの報告はないが、実際には発生している可能性が十分ある。

2008年6月19日現在、WHOに報告されたヒト症例は15カ国から385例(、最新情報はhttp://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/index.html)であり、2006年をピークに症例数は減少しつつある。

2007年2月、WHOは現在のH5N1が流行し始めた2003年11月〜2006年11月までの3年間に報告された256例の疫学的要約を発表した1)。それによれば、北半球の冬である12月〜翌年3月に多く、年齢層では0〜9歳と10代が最多で、20代から徐々に減少していき、高齢者の患者は少ない。致死率は症例全体で60%であるが、10〜19歳で76%、20〜29歳で63%と高く、50歳以上の者では40%である。発症から入院までの日数は中央値で4日であった。

この報告は疫学的な視点で書かれているが、疫学情報のうち潜伏期や感染経路については触れられていない。しかし、WHO の鳥インフルエンザに関する最新情報や個別の事例が文献として多数発出されており、Sandrockらによるレビューとしてまとめられている2)。それによれば、トリとの接触から発症までの期間は2〜8日、いったん発症すると多くの症例が6日以内に急性呼吸促迫症候群(ARDS)、多臓器不全を来す。そして、発症から9〜10日で死に至っている。このように急速に進行する疾患のため、診断および様々な治療法の有効性については検証が困難である。診断については、川名が述べているように3)、通常型ヒトインフルエンザに対する迅速診断キットでの陽性率が低く、重症となり、ウイルス分離またはPCR によって初めて診断されるなど、課題も多い。抗ウイルス薬については、生存例が死亡例に比べてオセルタミビルをより早期に投与されていた( 4.5日対9日)こと4)、投与された患者においてH5N1ウイルス量が減少したこと、などから、オセルタミビルはH5N1感染症に有効であろうと考えられている。

感染経路に関しては、大多数が病鳥または死鳥との接触によると考えられるが、まれにヒト−ヒト感染が発生したと考えられる症例が存在する5,6,7)。これらは基本的に家族間での伝播であり、遺伝的に近縁であること、長時間のケアを行っているなど、ヒトとヒトの接触として特殊なケースと考えられている。ヒト−ヒト−ヒト感染(2世代のヒト−ヒト感染)が疑われている事例は、2006年11月のIASR(IASR 27: 311-312, 2006)に記した通り、2006年4〜5月にかけて発生したインドネシアのKaro地区の事例のみである。現時点でH5N1がヒトからヒトへ効率的に感染伝播する能力を獲得したとは考えにくく、WHO のパンデミックフェーズも3のままである。しかし、世界におけるトリやヒトでのH5N1感染の発生状況を今後も注意深く監視していく必要がある。

 文 献
1) Update: WHO-confirmed human cases of avian influenza A(H5N1) infection, 25 November 2003-24 November 2006, Wkly Epidemiol Rec 、82(6): 41-47, 2007
2) Sandrock C, Kelly T, Critical Care 11: 209-217, 2007
3) 川名明彦,インフルエンザ 8(2): 125-129, 2007
4) Chotpitayasunondh T, et al ., Emerg Infect Dis 11: 201-209, 2005
5) Kandun IN, et al ., N Engl J Med 355(21): 2186-2194, 2006
6) Ungchusak K, et al ., N Engl J Med 352(4): 333-340, 2005
7) Wang H, et al ., Lancet 371(9622): 1427-1434, 2008

国立感染症研究所感染症情報センター 森兼啓太

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