はじめに
レジオネラ症はレジオネラ属菌が原因でおこる感染症であり、その多くはLegionella pneumophila である。しかし今回われわれは肺炎患者の喀痰と患者が入浴した温泉水からL. rubrilucens を分離し、当該菌種のヒトからの分離例は国内外で初めてなのでその概要を報告する。
症 例
患者:54歳、男性。
主訴:発熱、全身倦怠感、関節痛。
既往歴:36歳より慢性胃炎、自律神経失調症にて当院に通院中。
生活歴:喫煙歴20本/日、34年間。飲酒歴ビール 350ml/日、焼酎2合/日。
家族歴:父・慢性肺気腫。
職業:介護老人福祉施設職員。
現病歴:2008年2月20日に38.5℃の発熱、悪寒、関節痛を訴え来院。インフルエンザを疑い、インフルエンザAB抗原迅速試験を行った。いずれも陰性であったため、感冒として加療。2月21日再来し、39.2℃の発熱、全身倦怠感を認めるが関節痛は消失し、咳嗽、喀痰も認めなかった。末梢血検査にてWBC 17,600/ μl、CRP 15.7mg/dl、尿検査にて尿蛋白(++)、尿潜血(+++ )であった。高熱が続き、不安も強く、尿路感染症の疑いで入院となった。
入院時現症:身長 165cm、体重72kg、血圧120/70mmHg、脈拍120/分(整)、体温39.2℃、両側肺ラ音聴取せず。その他異常所見なし。
入院時検査:白血球数 17,100/μl(好中球83.7%)、CRP 15.86mg/dlと高値を示し、血小板数の軽度減少、軽度の肝機能障害を認めた。
画像所見:入院時の胸部X線写真は異常を認めなかった。入院3病日目の胸部X線写真では左肺舌区〜下葉にかけて浸潤影を認めた。
臨床結果:2月21日入院当日より抗菌薬flomoxef(FMOX)2g/日を2日間点滴静注したが解熱せず、弛張熱が続いた。2月23日軽度の乾性咳嗽がみられ、胸部聴診にて左下肺野にfine cracklesを聴取したため、胸部X線写真を撮影したところ、左肺舌区〜下葉に淡い浸潤影が見られた。SpO2は93%であった。回診時の問診で2月10日、2月19日に同一の温泉に行ったと話されたので、温泉水からのaerosol吸入を疑い、2月23日にレジオネラ尿中抗原の検査を依頼し陽性であった。2月21日採取した喀痰検査は陰性であったので、再度2月25日喀痰を採取し検査したところ、L. rubrilucens が検出された。2月23日よりclarithromycin(CAM) 400mg/日内服とmeropenem (MEPM)1g/日の点滴静注に変更した。投与変更後3日目に解熱したためMEPMを終了し、CAMのみの内服に変更した。その後は順調に臨床症状、検査所見ともに改善し、3月6日退院した。
細菌検査
患者は、発症前に同一の温泉施設を利用していたことから、感染源調査のため、患者喀痰と温泉水を検査した。岩手県環境保健研究センターで菌の分離を行い、一部同定を国立感染症研究所に依頼した。検査の結果、患者喀痰からL. rubrilucens が分離された。温泉水からはL. rubrilucens とL. pneumophila untypableの2菌種が分離され、温泉水中のレジオネラ属菌量は100CFU/100mlであった(表)。患者喀痰と温泉水から分離されたL. rubrilucens についてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)によるDNA切断パターンを調べた結果、同一パターンであった(図)。
考 察
レジオネラ症患者からの菌分離はL. pneumophila が主であるが(IASR 24: 27-28, 2003)、今回の症例では、国内外で初めてL. rubrilucens が分離された。患者の尿中抗原検査が陽性であったことから、患者はL. rubrilucens の単独感染ではなく、L. pneumophila との複合感染であると思われた。また、患者喀痰と温泉水から分離されたL. rubrilucens のDNA切断パターンは同一であったことから、当該温泉施設の温泉水が感染源である可能性が高いと推測された。
成人市中肺炎診療ガイドライン(日本呼吸器学会発行2007年)にレジオネラ肺炎に対する考え方が記載されている。レジオネラ属菌は細胞内寄生菌であり、細胞内に移行する抗菌薬としてニューキノロン系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬があげられており、本例にはCAMが有効で治癒したものと思われた。
岩手県環境保健研究センター
藤井伸一郎 松舘宏樹 高橋雅輝 岩渕香織 高橋知子 蛇口哲夫
医療法人松井内科医院 松井美紀夫
岩手県二戸保健所 白岩利惠子
国立感染症研究所 前川純子