群馬県内の中学校における百日咳の集団発生と対策について
(Vol. 29 p. 201-202: 2008年7月号)

緒 言
わが国では無細胞百日咳ワクチンを含むDTaP接種により10万人当たり百日咳罹患率が1未満の国といわれてきた1)。しかし2007年以降、大学、高校における青年期・成人百日咳の集団感染が相次いで発生している2)。われわれは群馬県内の中学校における百日咳の集団感染に遭遇し、対策を講じたのでその概要について報告する。

経 過
2008(平成20)年5月1日夕方、「生徒の一人(生徒A)が百日咳と診断され、さらに、同中学校において咳症状を示す生徒が多数在籍し、本日より、学校医の指導のもとに対策を講じる」旨、中学校より所管する教育事務所、保健所および関係各機関に連絡があった。同日、中学校では、咳症状等体調不良を呈した者(1年生12名、2年生20名、3年生7名、教諭2名:計41名)の臨時の健康診断を実施し、保護者等の同意のもとに血液検査を実施した。咳症状を示し、さらに、「発作性の咳込みと咳込み後の嘔吐、嘔気」を呈した生徒21名に5月2日以降の出席停止の措置を行った。マクロライド系抗菌薬投与は生徒Aを含み、咳症状を呈した生徒25名および教諭2名に実施した。また、学校では生徒への保健指導(咳がでる人へのマスクの装着等)、当面の部活動の中止、生徒の健康状態について再度詳細な調査を行うとともに、保護者へ百日咳予防のための啓発資料を作成し、配布した。5月7日以降に咳症状を有した生徒(1年生4名、2年生1名、3年生1名、計6名)についても、血液検査、マクロライド系抗菌薬投与等の措置を実施した。これらの措置の後、本中学校の咳症状を示す者は速やかに減少した。

5月1日に百日咳と診断された生徒A(定期DTaPワクチン接種済み)は、3月中旬から咳症状が現れ、4月10日に診療所に受診し風邪と診断されていた。4月24日には養護教諭より学校医に「学校内の半数程の生徒が上気道炎の症状を呈している」という連絡があった。学校医は養護教諭に生徒Aの状態について問い合わせたところ、依然として、咳症状が続いていることが判明した。よって、同日中に生徒Aの保護者への連絡・承諾の後に、養護教諭とともに学校医のもとに来所してもらい、診療・採血を実施した。5月1日に血液検査の結果(東浜株凝集素価10倍未満、山口株凝集素価80倍)が判明し、臨床症状との総合判断により百日咳と診断した3)。同生徒の症状は、発熱は無く、長引く咳症状のみであったことから、毎日登校し、運動部での活動も休むことはなかった。

本中学校は、生徒85名、教諭等6名であり、生徒の98%(83/85名)は定期の百日咳ワクチン(現時点で接種ワクチン製造会社は確認できず)は接種済みであった。咳症状を有した計48名のうち、「山口株の凝集素価が 320倍以上、または、山口株の凝集素価が東浜株の凝集素価の4倍以上」(抗体検査結果1)を呈した者は、1年生で16名中3名、2年生で22名中6名、3年生で8名中4名、教諭等2名中1名の計14名であった。一方、「山口株または東浜株の凝集素価が40倍以上」(抗体検査結果2)を呈した者は1年生で16名中7名、2年生で22名中16名、3年生で8名中5名、教諭等2名中1名の計29名であった(表1)。抗体検査結果1の陽性者(計14名)および抗体検査結果2の陽性者(計29名)の長引く咳の開始日について調査したところ、1月、2月、3月中旬(前年度3学期)、4月上旬(春休み中)、4月下旬に複数の発症者が認められたが、明確な発症者のピークは認められなかった(図1a、図1b)。また、中学校の存在する同地域周辺では、3月頃より長引く咳症状をもつ成人が散見されたが、診療所を受診するものは数名にとどまっていた。本診療所は小児科定点ではなく、また、百日咳が小児科定点把握疾病のため、本事例発生後の2008年第21週(5月25日)の感染症発生動向調査においても、同地域ではまだ報告されていない。

考 察
本事例は、中学校における百日咳の集団発生であり、学校、学校医、保健所、その他関連機関が協力し、感染拡大を制限することができた事例と思われる。群馬県の第1週〜第21週までの小児科定点(62定点)の百日咳の報告数は33名であり、0歳は4名、1歳は2名、3歳は1名、4歳は1名、5歳は2名、6歳は2名、9歳は3名、10〜14歳は4名、15〜19歳は5名、20歳以上は9名で、報告者数の55%は10歳以上である。近年の全国での百日咳の流行は、小児よりも10代、20代の患者の割合が多くなっている2)。また、今回、百日咳が流行した本中学校の98%の生徒は百日咳ワクチン接種済みであった。ワクチン接種による免疫持続期間は約4〜12年であることが報告4)されており、このことが、本中学校において百日咳が流行した原因のひとつであると思われた。百日咳は、小児科定点把握疾病であり、正確な百日咳の流行を把握することは、今の情報収集方法では難しいと思われる。

本事例の症例定義(発作性の咳込みと咳き込み後の嘔吐、嘔気を呈した生徒)に該当する最終患者から最長の潜伏期間である21日5)の2倍である42日を経過した時点で終息宣言を実施する予定である。

 文 献
1) Tan T, et al ., Pediatr Infect Dis J 24: S10-18, 2005
2) IASR 29: 65-66, 2008
3) 岡田賢司ら,IASR 29: 75-77, 2008
4) Wendelboe AM, et al ., Pediatr Infect Dis J 24: S58-61, 2005
5) Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases,The Pink Book: Course Textbook、p.79

群馬大学医学部 第一内科 坂本直美
    同                  小児科    羽鳥麗子 荒川浩一
中之条保健福祉事務所 後藤英夫 古田雄一
群馬県衛生環境研究所
鈴木智之 塩原正枝 長井綾子 森田幸雄 加藤政彦 小澤邦寿
国立感染症研究所 木村博一

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