2008年3月、群馬県内で入浴施設が原因であると推定されたレジオネラ感染事例を経験したので、その概要を報告する。本症例は、本県在住の64歳の男性(基礎疾患として糖尿病あり)で、発熱、呼吸器症状(肺炎)および下痢を主訴として医療機関を受診後、入院加療が必要となった。肺炎症状以外に腎機能と肝機能障害を伴い、レジオネラ尿中抗原陽性を示したことからレジオネラ症と診断され、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の4類感染症として、管轄の保健所へ届出がなされた。
疫学調査から、数日前には近郊にある某入浴施設を数回にわたり利用していたことが判明した。この入浴施設は天然鉱石(黒雲母花崗岩)を利用したいわゆる「ミネラル温泉」と称する人工温泉で、内湯の大浴場と露天風呂とが併設されていた。また、屋内にはサウナなど数種の風呂も設置されていた。施設の給湯設備は屋内用と屋外(露天)用2系統の循環方式をとっており、屋内循環系貯湯槽近くの配管の一部および内湯の浴槽には天然鉱石が敷き詰められていた。
保健所の立ち入り調査により採水された内湯(男子)と露天風呂(男子)の浴槽水を検体として、レジオネラ属菌検索を実施したところ、内湯からはLegionella pneumophila SG1(血清群1)が検出された。菌数は内湯が1,350CFU/100ml、露天風呂が10CFU未満/100mlであった(群馬県公衆浴場法施行条例第3条第1項第2号ハの基準では浴槽水中の菌数は10CFU未満/100ml)。また、浴槽水の採水から3日後、医療機関に入院中である患者の喀痰からL. pneumophila SG1が分離された。入浴施設由来株(3株)および患者由来(2株)の計5株について、PCR法によるLegionella 属とL. pneumophila 種遺伝子保有の有無、薬剤感受性試験およびパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による遺伝子解析を実施した。
供試株はPCR法でLegionella 属(430bp, LEGプライマー)とL. pneumophila 種(約900bp, Starnbachら報告; J Clin Microbiol 27: 1257-1261, 1989)遺伝子の増幅を認めたことから、L. pneumophila と同定した(図1)。そして、供試株はいずれも同様な薬剤感受性を示し、本症の治療に汎用されるCAM (clarithromycin)、LVFX (levofloxacin)に対して感受性(MIC:0.064〜0.094μg/ml)であった。制限酵素Sfi Iで処理したPFGE解析では、入浴施設由来3株中2株と患者由来2株中2株のDNA切断パターンがすべて一致した(図2)。レジオネラ属菌は発育が遅いこともあり、最初の検体搬入からPFGE等による解析終了まで13日間を要した。以上の結果から、供試4株(各由来2株)は同一起源のL. pneumophila SG1であることが推定された。
これらの調査により、保健所は当該施設由来の本菌が本症例の感染を引き起こしたと判断し、13日間の営業停止を命じた(公衆浴場法第7条第1項)。本事例は1948(昭和23)年の同法施行から、本県における初めての営業停止処分となった。数日後、施設管理に関しての行政指導がなされ、営業再開に向けた浴槽水の検査では、レジオネラ属菌の菌数は当県の規定する基準値以下となった。
レジオネラ属菌は自然界の土壌や淡水でアメーバなどの原生生物が生息する生物膜(バイオフィルム)で増殖する。ヒトの生活環境中では循環式浴槽水や冷却塔水などから高率に検出され、本菌に汚染されたエアロゾルなどを吸入することによりレジオネラ症を発病することが知られている。最近では国内においても共同入浴施設などでの集団感染例が漸増傾向にあり、死亡例も含む重症例が少なからず報告されている。本菌は至適発育条件が非常に限られており、アミノ酸の一種であるL-システインが必須とされる。L-システインはヒトの皮膚、爪、髪のケラチン質にも存在し、一定の温度が保たれた循環式浴槽内ではバイオフィルムの形成も促進されることから、入浴施設の管理方法によっては、本菌の恰好の増殖環境になることも考えられる。
今回の事例の調査結果より、内湯の循環系と浴槽内で利用されていた天然鉱石は、日常清掃では個々に洗浄されなかったということから、入浴施設の環境が本菌の増殖に寄与していた可能性が示唆される。循環式浴槽のろ材に関連して、厚生労働省ホームページ「レジオネラ症の知識と浴場の衛生管理」(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/about.html)では、直径10〜20mm以上の大きな石の隙間は逆洗が不十分になることからバイオフィルムが形成されやすい。特に多孔質の自然石や人造石(セラミックボール等)などを用いたものは、十分な消毒が必要であると指摘している。本事例の他に、わが国では石英斑岩を利用したろ材が感染源であると特定された客船集団感染事例が報告されている(IASR 25: 40ページ、40ページ、41ページ、2004参照)。
最近、単一感染例では臨床症状と尿中抗原陽性で本疾患の届出となる事例がほとんどで、利用施設の調査から菌の検出がなされても感染原因の特定が困難であるばかりでなく、施設指導で終わってしまうことが多い。今後、公衆浴場法が適用される施設に対し、管理上の衛生基準等について一層の理解を求めるとともに、監視、指導の強化を図り、利用者側にも入浴時におけるレジオネラ属菌の危険性について啓発していくことが、本症の予防対策に有効であると考えられる。そして、種々の公衆浴場に対し、さらなる本疾患の防止に向けたきめ細かな対策を講じていくことが必要と思われた。
群馬県衛生環境研究所
黒澤 肇 藤田雅弘 森田幸雄 小畑 敏 加藤政彦 小澤邦壽
群馬県前橋保健福祉事務所
清水 睦 赤見まり子 吉江篤郎 宗行 彪
群馬県健康福祉部
大嶋光子 奧野幸二 長井 章
国立感染症研究所感染症情報センター第六室
木村博一