ウェルシュ菌食中毒の発生状況、検査のポイントおよび最近のトピックスについて、著者らが経験した事例を中心に紹介したい。
1.発生状況
ウェルシュ菌食中毒は、全国で年間22〜39件(平均30件)の報告がある。本菌食中毒は、発生件数に対して患者数が多く、大規模な集団例が多い。主な原因食品は、食肉調理製品、大量調理食品であり、不適切な温度で保存した場合に発生することが多い。主症状は、下痢と腹痛で、比較的軽症である。
2.検査法
1)ウェルシュ菌の分離とエンテロトキシン産生性試験法
ウェルシュ菌食中毒の病原因子はエンテロトキシン(Ent)であり、Ent産生性のウェルシュ菌のみが原因菌となる。従って、食中毒の検査にあたっては、分離されたウェルシュ菌がEnt産生菌か腸管内常在菌としてのウェルシュ菌かを区別することが重要である。
食中毒の原因となるウェルシュ菌は、通常、耐熱性芽胞形成菌である。糞便検体は加熱処理後培養を行う。分離平板には卵黄加CW寒天平板、増菌培地にはTGCブイヨンが汎用されている。CW寒天にはカナマイシン(KM)含有培地と不含培地があるが、検体からの直接分離の時はKM含有培地を、加熱処理した検体を直接塗抹するときには不含培地を用いて嫌気培養を行う。寒天平板上に発育したレシチナーゼ反応陽性のウェルシュ菌様集落を対象に、RPLA法やPCR法でEnt産生性を調べる。そして、Ent産生性が認められた菌について血清型別試験を行う。
なお、本菌の同定には「α抗毒素濾紙」を用いたレシチナーゼ抑制試験が行われていたが、最近「α抗毒素濾紙」の市販が中止された。食中毒検査においては、ウェルシュ菌様集落についてEnt産生性を確認すれば十分と考えられる。しかし、必要に応じ、生化学的性状検査やウェルシュ菌の16S rDNA等をPCR法で確認し、ウェルシュ菌の同定を行う。
2)血清型
本菌の疫学マーカーとしては血清型が汎用され、Hobbsの型別血清(1〜17型)が市販(デンカ生研)されている。当研究科ではHobbsの血清型に該当しない菌株について、TWの血清型別法(現在1〜74型)を確立している。都内で発生したウェルシュ菌食中毒85事例(1963〜2006年)の原因菌の血清型(1事例から複数の血清型菌が検出された事例15事例を含む)は、Hobbs型が56事例、TW型が64事例であり、主な血清型はHobbs型1、3、4、13およびTW型6であった(表1)。
3.最近のトピックス
最近のトピックスとして、複数の血清型菌による食中毒の増加、非定型的性状を示すウェルシュ菌による事例、そして食中毒以外のウェルシュ菌下痢症を紹介する。
1)複数の血清型菌による食中毒の増加
従来、食中毒の原因となったウェルシュ菌の血清型は、原因食品中で生残・増殖した1種類の血清型菌がほとんどであった。しかし、最近、複数の血清型菌による食中毒が増加している傾向が認められる(図1)。2002年5月に発生した中華弁当を原因とした食中毒(患者数887名)は、9種類の血清型菌によるものであった。このような複数の血清型菌による事例は、弁当等を原因として発生する場合が多い。これは、最近、その製造過程が変化していること(例えば、弁当製造所では、調理を行わず、調理済みの食品を購入し、解凍、加温し提供していること等)が要因の一つと推定される。
2)非定型的ウェルシュ菌による食中毒事例
東京都では、過去10年間に、非定型的性状を示すウェルシュ菌による食中毒6事例を経験した(表2)。
(1) 易熱性芽胞形成ウェルシュ菌
事例1では、通常の検査法、すなわち、糞便検体を100℃10分の加熱処理後培養して菌を分離する方法では、Ent産生菌の検出率が非常に低かった。そこで、非加熱あるいは80℃10分で加熱処理した再検査の結果、Ent産生ウェルシュ菌が糞便36件中17件(血清型TW28のみが11件、血清型TW11のみが2件、TW28とTW11の両菌型が4件)から分離された。これらのEnt産生性菌が原因菌であることが確認され、さらに耐熱性試験の結果、本菌は易熱性芽胞形成菌であることが判明した。
(2) 新型Ent産生ウェルシュ菌
1997年10月および2003年6月に発生した食中毒(事例2、5)では、潜伏時間や症状からウェルシュ菌食中毒が疑われた。事例2では、患者糞便29件中11件(38%)から耐熱性A型ウェルシュ菌(血清型TW27)が検出された。事例5においても、患者糞便4件中4件(100%)から耐熱性A型ウェルシュ菌(血清型TW27)が検出された。
分離されたウェルシュ菌は、既知のEnt産生性およびその遺伝子がRPLA法およびPCR法で陰性であった。しかし、ウサギ腸管ループ試験により下痢原性が確認され、その活性はα抗毒素血清では中和されなかった。また、培養液中に認められた毒素は、Vero細胞に対して既知のEntとは異なった細胞変性活性を示した。以上の成績から、上記2事例は、新型Ent産生ウェルシュ菌による食中毒と推定された。本毒素は、分子量50,000〜100,000と推定され、60℃ 5分の加熱、アルカリ処理(pH11.5)、プロナーゼ処理により失活したが、トリプシン処理では失活しなかった。この毒素の詳細については、さらに検討が必要である。
(3) レシチナーゼ非産生ウェルシュ菌
事例3では、患者等の糞便を培養した卵黄加CW寒天培地上では典型的なレシチナーゼ反応陽性のウェルシュ菌集落は認められなかった。しかし、均一な形態を示す集落が高率(患者および非発症者糞便16件中8件)に認められた。本菌は、レシチナーゼ非産生であることを除いてウェルシュ菌の性状と一致し、血清型はTW66であった。また、RPLA法とPCR法でウェルシュ菌Ent産生性が確認された。本菌は、α毒素(レシチナーゼ)遺伝子は陽性であったが、溶血反応が他の食中毒由来株と異なることが判明した。
(4) 乳糖遅分解ウェルシュ菌
事例4で検出されたウェルシュ菌の集落は、卵黄加CW寒天培地上で橙赤色であった(通常は黄色)。分離された菌の性状を詳細に調べた結果、乳糖遅分解のためCW寒天培地上の集落の色が異なることが明らかとなった。
(5) カナマイシン(KM)感受性と推定されたウェルシュ菌
事例6では、発生状況からウェルシュ菌食中毒が疑われ、常法通りKM含有卵黄加CW寒天平板で検査した結果、ウェルシュ菌が分離されたが、いずれの菌株もEnt陰性であった。しかし、糞便中のEntは60件中52件(87%)が陽性であった。そこで、KM不含卵黄加CW寒天培地を用いて再度分離培養を行った結果、31件(52%)から血清型TW1、26件(43%)からTW24のEnt産生ウェルシュ菌が分離された(4件からは両血清型菌を検出)。本菌は、通常のKM(200μg/ml)含有卵黄加CW寒天培地では発育し難く、KMのMICは64〜128μg/mlであった。KM含有寒天培地上で発育した菌数は、KM不含寒天培地に比較して103 〜104 程度低かった。
3)食中毒以外のウェルシュ菌下痢症
食中毒とは異なる感染経路で発生するウェルシュ菌集団下痢症も報告されている。高齢者福祉施設や病院等で発生する事例が多く、院内感染と認められた例もある。これらの事例では、症状は軽度の下痢、患者発生は持続的であり、患者の発生の鋭いピークが認められないのが特徴である。患者周辺の環境(ベッドの柵、カテーテル、トイレの床、便器等)から患者と同一血清型のEnt産生性ウェルシュ菌が分離されることも多い。
また、高齢者福祉施設ではノロウイルス集団感染症発生の際、ノロウイルスとともに同一血清型のEnt産生性ウェルシュ菌が多数分離される事例を数例経験している。このような事例におけるウェルシュ菌の関与についても今後検討する必要がある。
東京都健康安全研究センター微生物部食品微生物研究科
門間千枝 尾畑浩魅 小西典子 下島優香子 甲斐明美