食品を介したリステリア症に関する現状と考察
(Vol. 29 p. 222-223: 2008年8月号)

リステリア症は、リステリア(Listeria monocytogenes )を原因とする感染症で、ヒトや動物に敗血症、髄膜炎など重篤な症状を起こし、致命率が20〜30%と高い。本感染症が食品衛生上特に注目されるようになったのは、1980年代からで、欧米諸国で野菜サラダ、乳製品、食肉加工品などの食品を介したヒトにおける集団感染が相次いで報告されたことによる。ヒトにおけるリステリア感染は本菌の汚染食品摂取が主要な経路と考えられている。

感染初期の症状がはっきりしないこと、潜伏期間が長期であることから、リステリア症の感染経路を特定することは難しい。健康保菌者の存在も知られているため、検便による菌の検出だけでは本症の確定診断とならない。ヒトのリステリア症患者からは主に3つの血清型(1/2a、1/2b、4b)の分離頻度が高い。厚生労働科学研究班で行ったわが国のヒトのリステリア症分離株の検討では60%以上が血清型4bを原因としていた。海外では、1975年以降、毎年1ないし2件の集団事例が発生している。特定された原因食品を分類すると、乳および乳製品、食肉加工品、野菜類、およびその他と分類することができる。

リステリアは河川水、汚泥、土壌、植物、サイレージなどあらゆる環境から分離されており、自然界に広く分布していると考えられている。このような広範な分布を考えると、乳製品や畜産物に限らずあらゆる食品が汚染の対象となりうる。リステリアの持つ低温増殖性は、食品衛生上、最も注目すべき本菌の特徴である。赤痢、コレラなど経口伝染病や多くの食中毒細菌には10℃以下の増殖がみられないことから、食品の低温保存・流通を食品衛生の柱としている先進諸国においては、本菌は特に問題とされる。リステリアの耐塩耐酸性は高い。食塩抵抗性は高く、約10%の食塩存在下で増殖する。耐酸性が高いことも知られている。

乳および乳製品による集団事例は海外でたびたび記録されている。最も古いと思われる食品を介したリステリア症の集団事例は、ドイツにおける乳およびその関連食品からの事例である。第二次世界大戦終了後の復興期に、東ドイツの産科病院で新生児の死産が多数みられた。この一連のリステリア症の発生を検討していたPotelは、双子を死産した母親が出産前に摂取していた牛乳から分離したリステリアと、乳房炎の牛の牛乳から分離した株が同一であることを突きとめた。これがヒトにおける食品を介したリステリア症を直接証明した初めての例となった。当時、妊婦は闇市で未殺菌乳を手に入れており、この未殺菌乳が感染源となっていた。発酵乳製品では、熟成後加熱処理を行わないで食べるナチュラルチーズがしばしば原因食品とされている。原因となったチーズ中のリステリアの菌数は高いことが多く、しばしばグラムあたり106 CFUを超える。

食肉加工品におけるリステリア症も、大変重要である。反芻獣におけるリステリア症は、脳髄膜炎を発症しその症状が重篤であることから、古くから注目されてきた。発酵が充分でないサイレージを給餌するなどにより発症する。食肉生産動物の飼育環境にはリステリアが広く分布定着しており、生肉へのリステリアの汚染は、ある意味では避けがたいと思われる。食肉加工品では加熱調理工程中の不充分な処理などで菌が残存する可能性、その後に周辺からリステリアの二次汚染を受ける可能性、さらには低温保存中にその汚染菌が増殖する可能性などが指摘されている。1998〜1999年にかけてアメリカで発生したホットドッグを原因とする事例は、22州にまたがって発生し、最終的には患者数101名中21名が死亡するという、典型的なdiffuse outbreakを引き起こした。ミシガン州の食肉処理工場で処理されたパック詰めのホットドッグが、リステリアに汚染されていたことによる。販売時の加熱では、ホットドッグ内部まで充分に殺菌されず、患者が発生した。調理済み食肉製品は、一度加熱処理が行われているという意識があるため、喫食直前の加熱処理は、食品を温める目的で行われており、菌を殺すという条件としては充分ではない。

その他の食品にもリステリア症の報告はある。野菜類では、サラダを原因とする事例が報告されている。最も有名な事例は、1981年にカナダで発生したコールスローサラダ(キャベツサラダ)による集団事例である。コールスローに用いるキャベツを納入していた生産者は、ヒツジも飼育しており、その農場では1979年、1981年とヒツジがリステリア症で死んでいた。リステリアを発症したヒツジの糞便によりキャベツが汚染され、収穫後冷蔵保存中に増菌し、加熱工程のないコールスローサラダとして喫食することにより、ヒトが発症してしまった。リステリアは、農場を中心に広く分布しており、野菜を介した感染があることを認識しておかなくてはならない。1990年代には、冷蔵庫内で比較的長期間保存する薫製魚介類を原因食品とするリステリア症が、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンで報告された。

日本におけるリステリア症は、1958年、山形県で小児髄膜炎、北海道で胎児敗血症性肉芽種がそれぞれ1例ずつ報告されたのが最初で、年間数例〜数十例程度の散発例が発生している。2001年から行われた厚生労働省研究班の調査によると、1996年以降の単年度当たりの重症化したリステリア症の発生件数は、平均83件、 100万人当たりの発生頻度は、0.65と推定している。この推定値の基となった感染事例はすべて散発例であった。いずれの事例もその感染経路は明らかにされておらず、食品が感染源であるかの確認はできなかった。多発する患者年齢は1歳以下と60歳以上と二峰性のピークを示した。本症の発生は全国的にみられ、地域の偏りは見られない。重症化した場合の患者の致命率は21%である。 100万人当たりの発生頻度は、リステリア症発生の多いフランス5.4(1997年の実数値)、アメリカ4.8(1997年の推定値)と比べるとかなり低い値であるように見える。一方、2004年に公開されたFAO/WHOのリステリアのリスクアセスメントの最終レポートでは、ヨーロッパ連合における2000〜2001年の年間の発生頻度は、0.3〜7.8であるというde Valkらの報告が引用されている。

食品媒介によるリステリア集団感染事例は、2001年に北海道で発生した事例が唯一の事例である。この事例では、血清型1/2bのリステリアが、グラムあたり最大約108 個チーズを汚染していた。確認された症状は、いわゆる風邪様症状が主であり、一部に急性腸炎症状も報告された。いずれの患者も予後は良好で、重篤なリステリア症を発症することはなかった。血清型1/2bの集団事例はこれまで海外で4例報告されているが、いずれも症状は軽く、死亡者は記録されていないことからこの血清型のいわゆる弱毒タイプの集団事例であったと思われる。

わが国におけるリステリア汚染は、肉製品の汚染率が高い。市販生肉は、いずれの動物種の食肉も汚染頻度は高いが、汚染菌数は低く、通常は加熱後喫食することを考えると、感染のリスクはそれほど高くないと思われる。非加熱喫食食品(ready-to-eat)は、数%程度のリステリア汚染が確認されている。魚介類、ナチュラルチーズ、生ハムを含む肉加工製品、スモークサーモンなどが含まれる。稀ではあるが、これらの食品の一部からはやや高い菌数のリステリアが検出されている。一方、リステリアは健康なヒトの糞便から1.3〜1.5%分離される。

国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 五十君靜信 岡田由美子

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