CODEXで、乳児用調製粉乳の微生物規格に加えられたエンテロバクター・サカザキ
(Vol. 29 p. 223-224: 2008年8月号)

2004年2月と2006年5月に、スイスのジュネーブのWHO本部において“乳児用調製粉乳中のEnterobacter sakazakii に関するFAO/WHO合同専門家会議”が開催された。これらの会議において、E. sakazakii の性質、疫学、乳児用調製粉乳からの感染リスクに関する科学的な考察がされ、本菌の乳児用調製粉乳汚染は乳児の感染および疾患の原因となると結論された。健常人では本菌に曝されても不顕性で経過することがほとんどであるが、乳幼児、特に未熟児や免疫不全児、低体重出生児を中心として、敗血症や壊死性腸炎を発症することがあり、重篤な場合には髄膜炎を併発する。本症の感染経路については乳児用調製粉乳を介した感染例が多数報告されており、最も有力な感染経路として認識された。

本感染症による新生児髄膜炎は1958年にイギリスで初めて発生が確認された。その後、世界各国で、主に散発性ではあるが、敗血症、壊死性腸炎、脳膿瘍を呈した症例が報告されている()。発症数を年齢別に見ると、明らかに新生児・乳幼児の発生が多いが、成人においても発生は報告されている。

エンテロバクター(Enterobacter )属菌は、通性嫌気性のグラム陰性桿菌で、ヒト・動物の腸管内や環境中に広く分布している。このうち、エンテロバクター・サカザキ(E. sakazakii )は、形態学的特徴から、かつては黄色コロニー形成E. cloacae として呼称されていたが、その後、別種として分類された。本菌は、APIなどの簡易同定キットを用いた鑑別が行われているが、生化学性状のみでは同定できない場合、同定は16Sリボゾーム配列による遺伝学的分類が試みられている。細菌分類では2007年に、Iversenらにより、新属新菌種の提案がされ、分類学的には既にCronobacter sakazakii とされているが、本菌の食品衛生上の取り扱いがこの新属新菌種提案に対応しておらず、E. sakazakii として進められている。ここでは、FAO/WHOの専門家会議やCODEXでの乳児用調製粉乳の規格策定に取り上げられているE. sakazakii とした。

E. sakazakii の動物における発症例はこれまでに報告されていない。本属菌は土壌、水、動物、汚水、ヒト糞便等から高頻度に検出されるが、一方、トウモロコシ、キュウリ、レモンなどといった果実・野菜からもしばしば検出される。このことから、同じ腸内細菌科に属する大腸菌とは異なり、本菌は植物や環境を生息場所として存在していると考えられている。これまでに本菌が分離された動物としては、ラットやハエが挙げられるが、ウシなど家畜からの検出に関する報告は少ない。一方で、ハエは重要な伝播体として関与していると推察されている。こうした節足動物が物理的に本菌を媒介することで食品汚染を引き起こし、これを喫食することで感染・発症している可能性が一つの感染経路として想定される。本菌の病原因子については、明らかとなっていない。

Muytjensらは、35カ国で製造された乳児用調製粉乳計141検体を収集し、52.5%で腸内細菌科の細菌汚染があり、このうち20検体(14.2%)よりE. sakazakii を検出している。Leuscher(2004)らの報告においても58検体中8検体(13.8%)からE. sakazakii は検出されており、本菌は乳児用調製粉乳を広く汚染していると思われる。一方で、汚染菌数については100g当たり0.36〜66個と極めて低い。

本菌は、多岐にわたる食品から分離されている。また、疫学調査とその汚染実態から感染源として乳児用調製粉乳が注目されていることは先に述べたとおりであるが、本菌の調製粉乳への汚染は製造環境あるいは調製工程における二次汚染がかなりの部分を占めている可能性が高い。また溶解調乳時の環境からの汚染による事例が2001年に海外で報告されている。実際に乳児用調製粉乳自体はE. sakazakii の汚染を受けていないにもかかわらず、調乳に用いたブレンダーから本菌が検出された報告もある。

さて、わが国における本菌の乳児用調製粉乳の汚染実態ならびに汚染食品の喫食による発症状況については不明であったため、2005年から厚生労働科学研究として進められた。2005年度から行われたBAM法による市販の幼児用調製粉乳の汚染率は各年度2〜4%で、汚染菌数は低いレベルであった。2006年以降の検出はすべて検出限界値である 333g中に1個であった。国内の乳児用調製粉乳の規格基準は、0.222g中に大腸菌群陰性であるので、およそ1,000倍以上の検体量の検査により漸く検出される低い菌数レベルである。市販乳児用調製粉乳から本菌の検出がみられたことから、厚生労働省はNICUに対し70℃以上の高温のお湯を使った調乳の徹底を通知した。これは、WHOが70℃以上の高温のお湯で調乳することにより、E. sakazakii による感染リスクは、調製粉乳300gから本菌が分離されない品質管理を行った場合と同じレベルの感染リスクの低下が期待されるとし、この方法を推奨していることを受けている。国内のメーカーも、現在市販の乳児用調製粉乳の缶に、70℃以上の高温のお湯を用いて調乳することを注意書きとして表示している。

厚労科学研究班の疫学情報の収集からE. sakazakii による新生児の多発性脳膿瘍が国内で1例報告されていることが確認されたが、その感染と乳児用調製粉乳との関連は確認されなかった。E. sakazakii の食品分離株を用いた検討から、本菌は60℃90分間の加熱後生存が認められる菌株が存在することが示された。E. sakazakii は、乾燥に対しても強く、調製粉乳中で数年間にわたり生存することが知られている。

国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 五十君靜信 朝倉 宏

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