付着性大腸菌の検査法と判定について
(Vol. 29 p. 224-226: 2008年8月号)

1950年代に特定の血清型の大腸菌が下痢を起こすことが明らかになり、enteropathogenic Escherichia coli (EPEC)と名付けられた。正常叢の大腸菌と性状等で区別できないため、現在でも血清型が鑑別に用いられ、血清型としては、O55:H6、7、O86:H34、O111:H2、O119:H6、O127:H6、O128:H2、O142:H6が複数の総説に共通して掲載されている。現在では、下痢原性大腸菌のカテゴリーは5種とも6種ともいわれている。EPECや新しいカテゴリーのEnteroaggregative E. coli  (EAggECまたはEAEC)等の付着性大腸菌についてはいまだ判定に苦慮することがある。日本の分離株の検査状況や研究報告から判定方法について私見を述べてみたい。

1.EPECとEAggECの概要
EPECは、1995年の第2回EPEC国際シンポジウムで、「腸管細胞に細胞骨格障害を起こし、志賀毒素を産生しない下痢原性大腸菌」と定義された。EAFプラスミドの保有により細分類され、プラスミドを有するtypical EPEC(t-EPEC)は集束線毛を介して培養細胞に局在性付着(LA)し、atypical EPEC(a-EPEC)はこのプラスミドを欠いている。大多数のt-EPECは特定のよく知られた(古典的)血清型に属しているとされた。古典的血清型のt-EPECについては、ボランティア研究などから下痢原性を有するのは間違いないところである。一方、a-EPECの役割についてはまだ明らかではない。おそらく、EAFプラスミドを保有していないa-EPECはt-EPECに比べ下痢原性は弱く、患者対照研究において統計的有意差が出にくくなっていると思われる。

一方、EAggECはHEp-2細胞へ「レンガを積んだ」ような凝集性付着(AA)像を示し、ガラス表面にも付着するのが特徴である。定義は「既知の腸管毒素、ST、LTを持たない凝集性付着(AA)を示す大腸菌」である。EAggECの主な血清型はO3:H2、O15:H18、O44:H18、O77:H18、O86:HNM、O111:H21、O126:H27、O127:H21である。また、O群別不能株も多く、海外帰国者由来株では半数以上を占めている。世界各地で調査が行われて、EAggECは雑多な集団だが、多くの集団事例があることから、少なくともEAggECの一部はヒトに対して病原性を有していることが明らかにされた。Huangらは1985年〜2006年1月までの期間に報告された発展途上地域と先進国の患者対照研究について、EAggECと急性下痢症の結びつきを解析し、「EAggECは両地域のいろいろな集団で急性下痢症の原因となっているが、一方でEAggECは雑多でありさらに研究が必要である」と結論している。

2.遺伝子診断
EPECのスクリーニングには細胞への密着に関与するインチミンの遺伝子eae がよく使用されている。さらに古くから使用されているEAFプラスミドマーカーまたは集束線毛の遺伝子bfpA を調べる。eae とEAFマーカーまたはbfpA が陽性だとt-EPEC、eae のみ陽性の場合はa-EPECと判定される。EAggECのスクリーニングには調節因子aggR またはCVD432がよく使用されている。さらに、線毛遺伝子や病原性関連遺伝子を調べる。最近4番目の線毛遺伝子が発見され、わが国のaggR 陽性分離株の2/3 からいずれかの線毛遺伝子が検出されるようになった。残念ながら現時点では、両カテゴリーとも判定に決定的な遺伝子は明らかではない。

3.生物活性測定法
EPECとEAggECとも細胞付着性試験がゴールドスタンダードである。古典的血清型のt-EPECは典型的なLAを観察できるが、わが国で分離されるt-EPECの多くを占めるO157:H45は株によって異なり、a-EPECはLAを示さない。さらに、他の細胞付着性のある大腸菌との鑑別が難しい。t-EPECでは自己凝集能(図1)が簡便である。a-EPECではアクチンの再結合を見るFAS試験またはIII型分泌機構を観察するコンタクトヘモリシス法(図2)が有効である。なお、コンタクトヘモリシス法ではO55:H7等の一部のa-EPECでは活性が見られないので注意が必要である。EAggECではバイオフィルム形成能を観察する方法が簡便である。ガラス試験管にクランプを形成させ肉眼で観察する方法(図3)とプレートを使用する方法がある。株によっては細胞付着性と結果が異なることがある。

4.判 定
日本では古典的血清型のt-EPECの分離は稀で、ほとんどは非古典的血清型のt-EPECやa-EPECである。食中毒事例等で付着性大腸菌が分離された場合は、分離菌の生物活性を測定するとともに、(1)EAF、aggR 等の既知の病原因子が検出され、(2)他の食中毒菌、下痢症ウイルスや原虫が分離されず、(3)患者から高率に同じ血清型の大腸菌が分離され、かつ健康者と比較して有意に高い、など病原体側のファクターと疫学調査結果を総合的に勘案して起因菌の可能性を考える必要がある。

Nataroは原則として、(1)ある株を病原菌とするには、集団事例からの分離またはボランティア実験による確認と、(2)いったん、ある血清型が病原性があることがわかっても、同様の株が病原性を持つことは遺伝子型または表現形を確認すること、と提言している。参考までに病原微生物検出情報等に記載された集団事例の一部を表1および表2に示す。なお、病原微生物検出情報ではすべての事例で分離された株に特定の遺伝子または生物活性が証明されているわけではない。

今後付着性大腸菌による食中毒が疑われた場合、起因菌判定のための上記参考条件の検討のため、菌側の病原因子関連検査を実施するとともに、可能であれば、患者のみの検査でなく同じ集団事例の健康者(同一行動、同一喫食者等の者)からも菌の分離を行い、付着性大腸菌の各集団の分離率について有意差の検定を試みていただきたい。

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国立感染症研究所感染症情報センター 伊藤健一郎

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