はじめに
梅毒の発生率は1940年代に開発されたペニシリンによって急激に減少したが、近年再び増加傾向を示している。世界保健機関は、北米で10万人、西ヨーロッパで14万人、東ヨーロッパと中央アジアで10万人、北アフリカと中東で37万人、ラテンアメリカ、カリブ海諸島、サハラ砂漠以南のアフリカ、東南アジアでそれぞれ300〜400万人の新規梅毒患者の発生を報告している1)。
米国では2001年以降、梅毒の発生率が増加しており、その多くがMSM(men who have sex with men)において発生している2)。注目すべきは、梅毒新規発生患者の60%以上がHIV感染症を合併している点である。高い合併率の理由としては、双方とも同じ性行為感染症であると同時に、梅毒がHIVの感染リスクの相対危険度を高める原因になることがあげられる。このような状況を鑑みて、米国では梅毒患者全例にHIV抗体検査の施行を推奨している。
東京都立駒込病院における新規HIV感染者のTPLA陽性率(図)
HIV感染者における梅毒感染の現状を調査するため、東京都立駒込病院に紹介されたHIV感染者を診療録に基づいて検討した。1999年1月〜2008年7月の期間にHIV感染症にて紹介された総患者数は1,149例で、そのうち初診時に梅毒血清反応検査(TPLA法)が施行されたのは1,004例(87%)であった。内訳は男性921例、女性83例で、平均年齢は39.1±11.2歳であった。TPLA陽性例は502例(男性491例、女性11例)であり、全体の50%に相当した。年別に比較しても、TPLA陽性率に大きな変動は見られなかった。なお、今回の検討では梅毒の活動性や治療歴の有無に関しては考慮していない。
HIV感染症と梅毒の重複感染の特徴と問題点
エイズ発生動向調査では、2007年に新たに報告されたHIV/AIDS患者数は1,500人で、2006年を上回り過去最高であった。梅毒はHIVの感染リスクを高める原因になることも指摘されているため、増加するHIV/AIDS患者対策として梅毒患者を早期に発見し、治療することが必要である。特に梅毒の感染力が高い早期顕症第1期、第2期に診断し治療することが、感染拡大を予防する上で重要となる。最近では、梅毒がHIV感染患者の免疫状態に対して悪影響を与えていることも報告されている。一方、梅毒は「the great imitator, the great imposter」と呼び名がつけられるほど、多彩な臨床症状を呈するため、診断に苦慮することがある。特にHIV感染症と合併した梅毒は、非合併例と比較して、臨床症状や梅毒血清反応が非典型的である例が多く報告されている。
1.診断
梅毒の診断は必ずしも容易ではない。それは、梅毒が多彩な症状を出すために他の疾患に間違われる一方で、自覚症状を伴わないために、見過ごされることがあるからである。第1期梅毒の特徴である硬性下疳は通常、男性の陰茎に認められるが、無痛性であることが多いため、本人に自覚されない場合がある。女性やMSMの場合、硬性下疳が膣や肛門など、通常とは異なる部位に発生するために、診断はさらに難しくなる。また第2期梅毒の時期においても、全く臨床症状を呈さない例もある。第1期、第2期梅毒に共通することは、臨床症状が無治療でも時間経過とともに自然消退してしまうため、診断する機会を逸してしまう可能性がある。
梅毒診断の要は、梅毒血清反応である。しかしHIV感染症に合併した梅毒では、梅毒血清反応が非合併感染例と比較して、異なる点が多い。その一因として、HIV感染によりT細胞の機能のみならず、抗体産生に重要なB細胞の機能にも異常をきたすことがあげられる3)。具体的には第1期、第2期梅毒の血清反応陰性例、前地帯現象によるRPRやVDRLの偽陰性例、RPR、VDRLの偽陽性例が報告されている。さらに、梅毒治療後のserofast reactionの確率が高くなることも報告されているため、梅毒血清反応の推移が治療の成功を見ているのか否か、もしくは梅毒の再感染を見ているのか、判断に苦慮することもある4)。
最近ではオーラルセックスが梅毒の感染経路として注目されている。梅毒と診断された627例のうち、オーラルセックスが感染経路として考えられたのが全体の14%であり、MSMに限定すると20%であったとの報告がある5)。オーラルセックスのみでも梅毒感染のリスクとして認識する必要がある。
2.臨床症状
HIV感染症に合併した梅毒では、非合併感染例と比較して、神経梅毒の頻度が高いと報告されている。特にCD4陽性リンパ球が低く、梅毒血清反応が高い場合は高リスクである。米国ではHIV感染者における後期潜伏梅毒および罹患期間不明の梅毒では、神経梅毒の診断のため脳脊髄液検査の施行を推奨している。しかし通常であれば、細胞数が5/mm3以上は神経梅毒に合致する所見であるが、HIV感染のみで細胞数が上昇することも知られているため、その解釈は困難である。神経梅毒の診断には髄液細胞数だけでなく、髄液タンパク質や髄液VDRLなどで総合的に判断する必要がある。
その他HIV感染症に合併した梅毒では、非典型例が多く報告されている。第2期梅毒では皮疹が特徴であるが、時に組織破壊を伴うような重篤な梅毒疹を呈することがある。当院でも鼻翼の組織破壊を伴った症例や、大きな潰瘍を形成した例を経験している。また心血管梅毒やガマ腫など、梅毒に罹患してから長期間必要とする晩期梅毒の病期に、急速に進行する例が報告されている。
3.治療
HIV感染症に合併した梅毒は、非合併例の梅毒で推奨される同様の治療が望ましい6)。神経梅毒を除く梅毒は、世界的にベンザチンペニシリン筋肉注射が標準治療薬として用いられるが、本邦では対応する剤型が市場にない。ベンザチンペニシリンであれば単回投与で感染性の高い第1期、第2期梅毒の治療が完了できるため、使用できないのが残念である。日本性感染症学会推奨の治療法は長期間の内服が必要なため、内服コンプライアンスを保つ努力が必要である。またHIV感染症非合併例において、代替治療薬として推奨されるドキシサイクリンやセフトリアキソンは、HIV感染症を合併した患者に対しての検討が十分になされていないため、注意が必要である。
まとめ
HIV感染症と梅毒は合併することが多い。HIV感染症に合併した梅毒は、症状や梅毒血清反応が非典型的な例を示すことも多く、診断が容易でない場合がある。しかし、標準的な診断法以外に代わるものはないため、非典型例の存在を十分に理解し、梅毒の早期発見・早期治療をすることが重要である。
参考文献
1) Hook EW 3rd, Peeling RW, N Engl J Med 351:122-124, 2004
2) CDC, MMWR 55: 269-273, 2006
3) Rompalo A, Epidemiology, clinical presentation, and diagnosis of syphilis in the HIV-infected patient, UpToDate Ver16.1
4)柳澤如樹、味澤 篤, モダンメディア 54: 42-49, 2008
5) CDC, MMWR 53: 966-968, 2004
6) Zetola NM, Klausner JD, Clin Infect Dis 44: 1222-1228, 2007
東京都立駒込病院感染症科 柳澤如樹