はじめに
先天梅毒は梅毒に感染している妊婦の胎盤を通じて胎児におこる感染症である。世界的には毎年約50万の先天梅毒児が出生しており、さらに約50万の死産・流産の原因にもなっている。また、出生後の発達障害も深刻であることから、WHO においては「先天梅毒排除計画(Elimination of Congenital Syphilis)」のもと、発展途上国の妊婦スクリーニングプログラムの支援が行われ、また、各先進国においても今なお母子保健上重要な位置づけになっている1)。
わが国の先天梅毒の発生状況
わが国における先天梅毒の発生状況は、感染症法のもとで、梅毒の病型のひとつとして把握されている。先天梅毒の報告には成人例も含まれるが、ここでは小児例に限った。また、先天梅毒としての届出ではなかったが、感染経路が母子感染とされた0歳の早期顕症梅毒(症状記載なし)、母親からの感染とされた7歳の早期顕症梅毒(扁平コンジローマ)の報告例を加えた。
1999年4月〜2008年7月の期間に、23都府県から54例の報告があった(表)。年別では、1999年2例、2000年7例、2001年4例、2002年7例、2003年4例、2004年5例、2005年3例、2006年10例、2007年5例と推移し、2008年は、7月末の時点ですでに7例あった。診断時の年齢は、0歳50例、1歳2例、2歳1例、7歳1例であった。
また、先天梅毒発生の背景として、出産可能年齢女性における梅毒の発生状況をみると、1999年4月〜2007年に報告された15〜44歳女性の報告数、特に20代前半の増加傾向が認められた(図)。
公衆衛生上の課題
先天梅毒は予防が可能であり、早期に診断されれば根治可能な感染症である。胎児や新生児が健康を損なうことのないよう、感染拡大への対応、母子保健におけるスクリーニング強化など、公衆衛生上の介入を検討する必要がある。
わが国において先天梅毒を排除するためには、危険因子の正確な把握、感染予防教育、早期診断、パートナーを含めた確実な治療につながる行政サービスが不可欠であり、一般市民のみならず保健医療従事者を対象とした啓発を普及させることが急務である。また、妊婦ケアにおいては、初期の両親学級において妊娠期間中も引き続きコンドームの使用を含め、妊娠期間中を通じての感染予防が重要であること、定期健診が必須であることの指導が重要である。
先天梅毒の危険因子として、妊婦が未受診、継続受診をしていない、梅毒検査を受けていない、治療をしていない、治療が不完全、また他のSTDの既往・合併、薬物/アルコール歴やセックスワークなどとの関連性が考えられる。しかし、現在の感染症発生動向調査の届出項目には母親の妊娠期間中の情報はなく、今後の対策に資するために必要な情報が十分に得られない状況といえる。同じ感染症法のもとで報告されている「先天性風しん症候群」では、危険因子把握の重要性から、母親の妊娠中の風しん罹患歴やワクチン接種歴が届出項目となっている。先天梅毒の報告においても、危険因子情報が把握できるよう、早急に検討する必要があると考える。
参考文献
1) WHO, The global elimination of congenital syphilis: rationale and strategy for action, 2007
国立感染症研究所感染症情報センター 堀 成美 多田有希