クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis )の検出法としては、直接蛍光抗体法、EIA法やPCR法が主に用いられており、最近ではPCR法が主流となっている。検査法として市販されているPCR法(AMPLICOR STD-1 C. trachomatis ;Roche社)は、cryptic plasmid DNAを核酸増幅のターゲットとしている。ターゲットとする部位に変異が生じた結果、このPCR法では検出されない菌株が北欧で発見され、蔓延していることが報告された。この問題をきっかけとして、クラミジア検査における適正な検査法の問題が起こっている。
本変異株が最初に発見されたのは、2006年のスウェーデン・ハランド州においてであった1)。即ち、AbbottとRoche社製のPCR法で検出できない菌株の存在が明らかになったのである。これらの検出法は、いずれも同じターゲット、即ちcryptic plasmid DNAを使用しているPCR法である。スウェーデンでは、Abbott/ Roche社製の検出法を使用している州と、同じcryptic plasmid DNAをターゲットにしているもののAbbott/Roche社とは異なる部位を増幅するように設定されているBectonDickinson社製(BDプローブテック クラミジア/ゴノレア)を使用している州との間で、クラミジア感染者の動向に差があることに気付いたのである。即ち、Abbott/Roche社製の検出法を使用している州では、2005〜2006年にかけて感染者数が25%減少しているが、BectonDickinson社製の検出法を使用している州では、この2年間に感染者数に変化が無いことが報告された。そこで、検査法による検査結果の異なる12株でシークエンスが行われ、すべて同様の変化、即ちcryptic plasmidにおける377bpのdeletionであることが明らかにされた2)。そして、この変異株は、13〜39%を占めると推定された。その後、ノルウェーで2例3)、デンマークで1例4)、フランスで1例の報告がなされた5)。しかし、アイルランドとオランダでは、このような変異株は存在しないことが確認された。現在、この変異株をswCTと呼んでいる6,7,8)。
スウェーデンにおいては、その後、20〜65%のクラミジア感染症が変異株によるとも考えられており、地方によっては78%にも及ぶと考えられている9)。このようなスウェーデンにおける変異株の流行についてはいくつかの教訓を与えていると思われる。第1に、検査法の問題である。核酸増幅法の場合、ターゲットを何にするかが大きな問題である。PCR法の場合、cryptic plasmidをターゲットにしているが、このcryptic plasmidはクラミジアの生育に直接関連がないので、この部分の変異が起こっても、クラミジアは生育し、感染することができる。従って、核酸増幅法のターゲットとしては、クラミジアの生育に直接関連する遺伝子をターゲットとする検査法が望ましいこととなる。第2に、単一の遺伝子増幅法のみを検査法として採用するのではなく、いくつかの違った遺伝子をターゲットとする核酸増幅法または他の検査法を利用することを考えなくてはならないことを示している。3番目には、サーベイランスの重要性である。スウェーデンにおける変異株の発見は、ハランド州におけるクラミジア感染症の25%減少が、他の州と相違することに気づいたところが発端であった。わが国では、厚生労働省の定点調査が1987年以来行われており、最近の数年間でクラミジア感染者数が徐々に減少している。この減少が真の減少であるか、PCR 法が主に用いられているわが国でも、スウェーデンと同様な変異株の流行による見かけ上の減少ではないかの検証が必要である。4番目に大事なことは、このような変異株の出現や伝播を察知した場合の緊急的な検証や情報の伝達などができるシステムの必要性である。わが国では、国立感染症研究所を中心に、各地方においても衛生研究所や保健所があるが、このようなSTDに関する検索のシステムが完備されていないことに大きな反省点があると思われる。国立感染症研究所を中心とした緊急事態に対するシステム構築が必要である。
そこで、わが国におけるswCTの存在が気になるところであり、緊急の調査が必要と考え、我々は2007年に北九州地区を中心に、クラミジア性尿道炎疑いの患者113例に対して、AMPLICORとBDプローブテックの両者でクラミジアの検出率を比較検討した。その結果、112例は完全に一致したが、1例においてAMPLICOR陰性で、BDプローブテック陽性の例があった。この1株について詳しく検討した結果、反応阻害によるものであり、swCTではなかった。従って、わが国、少なくとも北九州にはswCTは存在しないものと考えるが、さらに広い範囲での検討が必要である10) 。
クラミジアにおける抗菌薬耐性菌の存在については、テトラサイクリン、キノロン、マクロライド、リファンピシンなどに対する耐性菌が存在するとする報告が散見される。リファンピシンやその誘導体に対する耐性菌がin vitro で誘導することも報告されている11) 。しかし、これらの抗菌薬耐性と臨床的無効例の関連についてははっきりしない点が多い。この原因として、クラミジアに対する薬剤感受性の測定方法に大きな問題点があり、その臨床的応用に限界のあることが指摘されている。米国CDC では、これらの問題点を検討するため、コンセンサスミーティングが行われ、種々の検討が行われた。感受性の測定方法としては、クラミジアが偏性細胞内寄生性細菌であることから、細胞培養を用いる必要があるが、その培養系としての細胞やチャレンジ細菌数の標準化を行う必要があることや、感受性の測定方法として、抗菌薬の添加や除去のタイミングの標準化が必要であることが論じられている。また、最小発育阻止濃度(Minimal inhibition concentration; MIC )や最小殺菌濃度(Minimal chlamydicidal concentration; MCC)の定義やブレイクポイントの決定が必要である。このような検査法の問題点に加え、感受性と臨床効果や再発の関係をはっきりしなければならない12) 。わが国では、クラミジアの臨床検査のほとんどは、EIA 法またはPCR 法が用いられており、培養法は日常的には行われていない。従って、クラミジアに対する感受性測定も不可能であり、広く行われていないので、クラミジアに対する耐性菌の存在を発見することができない13) 。しかしながら、臨床的な無効例や再発例が見られており、抗菌薬耐性菌の存在が疑われる。
参考文献
1) Ripa T, Nilsson P, Euro Surveill 11(45): E061109.2, 2006
2) Soderblom T, et al ., Euro Surveill 11(49): E061207.1, 2006
3) van de Laar M, Ison C, Euro Surveill 12(6): E070208.4, 2007
4) Hoffman S, Jensen JS, Euro Surveill 12(10): E7-8, 2007
5) de Barbeyrac B, et al ., Euro Surveill 12(10): E11-12, 2007
6) de Vries HJ, et al ., Euro Surveill 12(6): E070208.3, 2007
7) Morre SA, et al ., Euro Surveill 12(10); E9-10, 2007
8) Lynagh Y, et al ., Euro Surveill 12(5): E070201.2, 2007
9) Herrmann B, Sex Transm Infect 83: 253-254, 2007
10)Matsumoto T, et al ., Abstract P-160, 17th ISSTDR and 10th IUSTI, Seatle USA, 2007
11)Kutlin A, et al ., Antimicrob Agent Chemother 49: 903-907, 2005
12)Wang SA, et al ., J Infect Dis 191: 917-923, 2005
13)Yokoi S, et al ., J Infect Chemother 10: 262- 267, 2004
産業医科大学泌尿器科 松本哲朗